The NEKOJIMA M@STER｜リアクション

The NEKOJIMA M@STER

【空木のバラード】

　さて、同じ頃。
　ネコジマ。またどこか別のスタジオで。
　薄野五月は、ラジオ番組に出演するべく、現場で最終打ち合わせのためにプロデューサーと合流した。
「あれ？　五月ちゃん、それってギター？」
「あ、はい。今回のラジオは近々発売するＣＤの宣伝も兼ねているということで、ラジオでの弾き語りに挑戦してみようかと」
　黒いギターケースに目を瞬かせたプロデューサーに、五月が少し照れたように笑う。
「頑張って練習はしたんですけど、やっぱりちょっと緊張しますねー」
「ああ、うん。そりゃするよねー」
　プロデューサーは、改めて自分のプロデュースしたアイドルの肝の据わり具合を思い知ったようだった。
「とにかく頑張ってね！　僕も全力で応援してるからっ！」
「はい。ありがとうございます」
　五月は微笑んで頷き、自分の半分程度しか生きていない小娘のために親身になってくれるプロデューサーへの感謝の意を新たにした。
　そして、
「あ、そうだ。プロデューサーさん、本番前に、少しだけ手を貸して貰えませんか？」
　はたと思い出したように、五月はプロデューサーに言った。
「手？」
　プロデューサーが、言われるがままに手を差し出す。
　その手を、五月は両手で包み込むようにぎゅっと握り締める。
「え……？」
　プロデューサーが驚いて、目をぱちくりとさせる。
　だが、五月はそのまま数秒間じっと目を閉じて、彼を手を握りしめていた。
「……うん、チャージ完了。緊張も解れてきました」
　ふふ、と笑う五月の表情からはさっきよりも自然な雰囲気が感じられた。
　なんだかんだで緊張していたのだ、とプロデューサーは改めて気づく。
「私、精一杯頑張ります。だから、見守っていて下さいね、プロデューサーさん」
　やがて、五月はにっこり笑って手を放すとギターケースを手に収録スタッフのところまで駆けていった。
　プロデューサーはそんな五月の背中をぼんやりと見送ってから、
「……うん。このラジオは間違いなく成功するな」
　なんとなくそう直感する自分に気づかずにいられなくなるのであった。

　　　* * *

　そして、

「――というわけで、ラジオを聴いている皆さんに一曲お届けしたいと思います」

　リスナーに向かって、一礼をすると五月はゆっくりとアコースティックギターで弾き語りを始めた。
　タイトルは『空木のバラード』。
　バラードであるから、感傷的な歌声を意識して、しっとりと丁寧に歌いあげていく。
　空木には、色々な花言葉がある。
『古風』、『風情』、『秘密』、etc...
「私はそれを聞いて、『卒業式』をイメージしたんです」
　と、演奏終了後、リスナーに向けて、五月は語る。
「卒業式という別れの日。それぞれの道を歩んで別れる友達を笑顔で見送りながらも、本当は『別れたくない』と思う、言えない気持ちをイメージしました」
　一つ一つの言葉を丁寧に選びながら、五月は曲に込めたイメージを懸命に伝える。
「言葉にする事はできなくても、その気持ちが相手に伝わるといいなって」
　それはきっとラジオの波にとって、あるいは、近く発売される音源を通じて、多くの人々に伝わるだろう。
　もっとも、伝わり過ぎても困ることというのも、世の中にはある。

（……もしもプロデューサーさんと別れがって考えたら、別れたくないなって思って書いたのはナイショですよ？）

　心の中で、こそりとそう呟きつつ、五月は順調にその日のラジオの収録を終えた。