The NEKOJIMA M@STER｜リアクション

The NEKOJIMA M@STER

【常闇さんちのエージェント】

　さて、そんなアイドルらしい活動をする者達がいる一方で、一風変わった仕事を請けている者もいた。
「いいか、月。組織のエージェントたるもの人に気配を感じられてはならぬ。仕事の遂行は速やかに、密やかに。カメラに映らないぐらいの意気込みでやれ」
「はい、常闇さん」
　売れっ子新人アイドルの常闇月とそのプロデューサーの常闇Ｐであった。
「いや、あの、ドラマの撮影なんで、カメラには映って頂かないと困るんですけど……」
　とは監督の弁だ。
　今回のドラマはとある組織に所属する少女を主人公とするアクションドラマ――その主役のヒロインを演じることが月の仕事だった。
　ドラマのヒロインに抜擢されるのは月にとっても初めてのことで、自然とその心にも気合が入る。
「じゃあ月ちゃん。台本の最終確認よろしくねー」
「はい」
　監督の言葉に、月は静かに台本に目を落す。
（……最初、この台本を目にしたときには、関係者の中に私の『過去』を知る者がいるのではないかとゾッとしたものでしたが……）
　月はちらりと関係者の横顔を覗きこむ。
　が、そこには、彼女の過去と関係を持つような剣呑な気配は感じられない。
（どうやら私の杞憂だったようですね……）
　月は密かにふぅと安堵の息を吐いた。
　彼女の過去は――ちょっとワケありだ。
　そして、常闇Ｐはそんなワケありのアイドルを数多く育て上げてきたある種の名物プロデューサーだった。
　かくいう月も常闇Ｐに拾われたからこそ現在の自分があると思っている。
　そして、今回の大抜擢はその恩に報いる最高の舞台だとも思っていた。
　だから、
「……え？　スタントマンが事故って来られない？　ちょっと、事故るのはドラマの中だけにしてよ！？」
　何故かおネエ口調になる監督のそんな声が聞こえてきたとき、月は困惑するスタッフと荒ぶる監督の間に割って入るようにして言った。
「――スタントはいりません。身軽さには自身があります」
「「え？」」
　集まる視線。
　その一つ一つをキリリと見つめ返しながら、
「……月ちゃん、本気なの？」
「はい」
　月の黒い瞳に、きらりとひときわ強い意志の光が輝いた。
　そして、撮影は始まった。
「はい、そこはフロントガラスを突き破って車に突っ込んで！」
「はい！」
「はい、そこはオイルまみれの木材置き場を消火器片手に駆け抜けて！！」
「はい！！」
「はい、そこで相手役の男性にキュンとくる表情して！！！」
「……はい？」
　月はスタントはバリバリにこなしたが、恋愛要素の強いシーンだけはなかなか上手く撮れなかった。
「……うーん。アクションはアイドルっていうか、忍者ばりにキレッキレなんだけど、恋愛部分がなー」
「……すみません」
　渋い顔の監督に、月はションボリと項垂れる。
　だが、
「いや、でもこのぎこちない感じが、かえって組織のエージェントっぽくて良くね？」
「だよね！」
「……え？」
　どうやら解決してしまったらしい。
　結果的に、月の演技（演技？）は全体として大好評に終わった。
「今日は月ちゃん調子いいね。ついでだから、ＤＶＤの特典用のアクションも先に撮っておく？」
「はい、お願いします！」
　そうして、月は彼女らしい演技で、彼女の道を突き進んでいく。