The NEKOJIMA M@STER｜リアクション

The NEKOJIMA M@STER

【セイレーン】

　ネコジマ。どこかのスタジオにて。
　その日、白浜渚は大変緊張していた。
「は、はわわっ、そ、それでは本日はよろしくお願いしましゅ……！」
　緊張のあまり噛んでしまい、挙句、おでこを思いきりマイクにぶつけたので（しかし眼鏡はズレない）、スタジオのスタッフは肩を震わせて笑いを堪えるのが大変だったという。
「うん、渚ちゃん、そんなに緊張しなくていいよーって言いたいところだけど、あえてそのままでいいや。面白いから（鬼」
「ぷろでゅーさー！？」
　プロデューサーの鬼畜ぶりに渚は涙目になる。それはもう分厚い眼鏡と長い前髪越しでも涙目とわかるぐらいに凄く涙目になる。
　しかし、天然ドジっ娘アイドルと鬼畜プロデューサーという組み合わせが業界的に大ウケしていることもあって、渚もスタッフも怒るに怒れないのが現実である。
「ええっと。それじゃあ本日は渚さんの初アルバム『セイレーン』の収録ということで」
　と、苦笑しながら収録スタッフが仕切り直す。
「うん。ＢＧＭとして流した豪華客船が沈没するぐらいイケイケなアルバムにしちゃってよ☆」
「いや、さすがに沈没されるのはちょっと……」
　鬼畜Ｐの爆弾発言にスタッフが苦笑いで対応に困っている様子を見て、渚は小さく吐息を吐く。
（……本当にもう。プロデューサーさんの鬼畜ぶりは困ったものでございます……）
　胸中で、ぽつりと呟くその様子は控えめで少し地味めな少女にしか見えない。『事情』を知らぬ者が見れば、「何故、彼女がアイドルに？」と思うこともあるかもしれない。
　だが、彼女の大きな眼鏡の向こうに隠された『事情』は、そのような疑問を一瞬で払拭してしまえるほどの破壊力があった。
「そ、それでは早速ですが収録を始めてしまいましょう」
「はいよ。それじゃあ渚ちゃん、眼鏡預かろうか？」
「……はい」
　こくり、と頷いて、渚が鬼畜Ｐにそっと外した眼鏡を渡す。
　その刹那、そこにいた『事情』を知らぬ誰もがハッと息を飲んだ。
「それじゃあ、一曲目歌います！」
　そこには眼鏡を外す前とは別人のような美貌と存在感をそなえた、歌唱力抜群のアイドルの姿があった。
　一曲目はアルバムの表題曲である『セイレーン』。
　神話の歌姫を彷彿とさせる海の底に引きずりこむような引力のある歌声はＣＤに収録してもなお、生音源のような迫力が残る。
　二曲目は『ゼウス』。
　セイレーンとは対照的な荒々しい雷の神のようなイメージの曲だ。
　曲のイメージに合わせて、渚は自在に自身の歌声を変えていく。
　その他、明るいテンポのリズミカルな曲など一つとしてコンセプトの被らない１０曲を、渚は一曲ずつ丁寧に歌い上げていく。
　しっかりと休憩を挟み、一曲一曲を全力で歌う。
　それが、歌い手たるもののあるべき姿勢だと渚は信じているからだ。

「アタシの歌で骨抜きにしてあげる！　みんな、アタシの歌を聴っけぇ！！！」

　事実、その日、そのスタジオで、渚は多くの業界関係者を骨抜きにして、新規ファンの獲得に成功したのだとか。