●星ヶ丘エリア・決着（２）●


【ホテル２１Ｆ：バンケットホール】

　そして最上階のバンケットホールでも、ついにフロアの床全体の崩落が始まった。ガラスの棒で燃え盛るヒルズと交戦していた新江 天懸が、その地割れの１つに足を滑らせて、
「しま……っ！？」
「うちの手に掴まって！」
　空中から伸ばされてきた手を思わず取り、辛くも落下を免れる。助けられた新江が、その壬生 由貴奈の手で上に引っ張り上げられ、そして自分たちが乗り込んだ乗り物に目を見張った。
「これ、料理とか運ぶ……ホテルワゴンかよ！」
「さっき、かーさちゃんが使ってたのを拝借したんだよぉ」
　金属を操る【ヘンドリック・モーメント】の進化能力で、由貴奈がワゴンを空中に浮揚させたのだ。乗員は増えたが、２人程度の重量なら支えられる。そして、これで足場の心配がなくなった。
　ただ、いずれにせよ短期決戦。
　ビルの倒壊は止まらず、敵もろっこんで自分自身を燃やしている──崩れゆくホテルの最上階での決戦の行方は、新江と由貴奈、この２人の手に委ねられた。
　燃え上がる翼を打ち振って、やはり空中へと飛び上がったヒルズに向かって由貴奈が言う。
「まったく……詮無い動機で火事を起こした上に、
　挙句の果てには自分まで火事にしちゃうなんてねぇ。
　そこまでして勝ちたい？　それとも前回の復讐のつもり？
　だったら憐れだねぇ、今のそのみっともない姿を、鏡で見てご覧よ」



「復讐する姿はあんたが最も嫌う醜い姿そのものだよ」


『こっ、この、世界で１番美しいこの僕に向かって、よくもそんな口を……！』
「それに気づかないなんて……あぁ、もれいびだろうと鳥頭は治らないか。
　どうあれここで墜とす。二度と同じマネできないように締め上げる」
『やってみろよおおおおおおおおおおお！』


　　激突、孔雀のヒルズＶＳ壬生 由貴奈
　　　　　　　　　　　　　新江 天懸


　自身を紅蓮の焼夷弾と化して突っ込んでくるクジャク、負けじと由貴奈が硬貨や工具でワゴンの前方に弾幕を張り、真正面からそのヒルズを迎え撃つ。
　ドドドドドドドドドドドッ、
　たちまち穴だらけになる孔雀の翼、けれども捨て身のヒルズはなりふり構わず、その特攻は止まらない。由貴奈を守るように、新江がワゴンの上に立ち上がり、バッと広げたテーブルクロスを、マントのようにその身に羽織った。ヒルズ──爆笑。
『馬鹿め！　そんな布っきれ１枚で、この僕の炎が防げるとでも思ってるのか！
　さあ、キミも火だるまになって焼け死ねえええっ！』
　焼夷弾ヒルズ、新江に命中──その着弾の瞬間、新江が右耳の血を塗り付けて、テーブルクロスをガラスの装甲に変えた。ヒルズが纏っていた炎、ガラスのマントに阻まれて１片も届かず。
『なっ、何だってええええええええ！？』
「やれやれ、本当に鳥頭かよお前……さっき１回やってみせただろ」
　熱と衝突でビシィ、と蜘蛛の巣のようにひび割れたそのマントを片腕で押しのけ、すぐさま新江が内側から、そのひび割れをしこたま殴り付ける。
「オラア！」
　ガシャアアン！　飛び散った無数のガラス片が互いにザクザク突き刺さり、
「これで終わりだ！」
　驚愕の顔で落ちていくヒルズの脳天を、ガラスの棒で最後にぶん殴ってトドメ。くるくる回転しながらフロアに激突して、悲鳴を上げながら床の崩落に呑み込まれていく孔雀の姿を見下ろし、新江がフン、と鼻を鳴らす。
「壬生の言う通り、最後のお前はみっともなくて見てらんなかったぜ。
　もう２度と、その姿を見せるんじゃねえぞ、いいな」



【地上：ステッラ・デッラ・コリーナ跡地】

　ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド…………………………

（ああ、ステッラ・デッラ・コリーナが、こんな姿に……）
　御巫 時子は、絶望に胸を押し潰されそうになる。ホテル倒壊の一部始終を、この空から目撃してしまったからだ。彼女が今変身しているのは、ホシガラスの姿。非常階段での避難中、獅子目、優木、左右、夏朝たち４人の姿が見えないことに気付いた時子は、ろっこんで鳥に変身して、後続の様子を見に戻ったのである。
　ところが４人の姿はどこにも見当たらず、代わりに目撃したのは、途中で壊れて失われた階段の跡。そうこうしているうちに、ビルの倒壊が完全に進んでしまい……時子は今、そのホテルの跡地を飛んでいるという訳。
　砕けたコンクリートと剥き出しの鉄骨、瓦礫の山を空から見下ろしながら、
（これではもう、悠月さん達は……）
　行方不明者の捜索を諦め、無事だったメンバーの所に戻ろうとした、その時だった。かすかな、けれど確かな歌声が、ホシガラスの鳥の耳にも届き、時子はハッとする。
（このメロディは……聖歌？）
　上空から場所の見当を付け、急いで皆を呼びに戻る。ビルの倒壊からの脱出が間に合い、先に避難を済ませていた青山 絢、クロセル・ラインツァート、新田 亮、天馬 ひびき、黒依 アリーセ、李 小麗の６人が駆け付けると、確かに瓦礫の下から歌声が聞こえるのだ。
「間違いないわ……獅子目さんの声よ！」
　アリーセ達が歌声を頼りに瓦礫を掘り起こすと、ドーム状の隙間がその下にあり、その中にいた優木 遥斗、上下 左右、恵御納 夏朝の３人が、ほこり塗れの顔を上げた。
「良かった、皆さん無事だったんですね……！」
　時子たちが四方から手を差し延べ、彼らを瓦礫の下から引っ張り出す。最後にその中心にいた獅子目 悠月がアリーセの肩を借りながら脱出し、ようやくその歌声を止めると、瓦礫はガラガラと元通りに崩れ去った。
　そう、獅子目が【Holly Knight】の障壁で仲間たちを守ったのだ。ビル内部の非常階段を使っての脱出は、あと数階を残して間に合わなかった。けれど獅子目が障壁を張り続けて、ビルの崩落から４人を救ったのである。ろっこん発動の条件となる、その歌声を決して途絶えさせることなく。
「獅子目さん、お疲れ様……立派だったわ」
　彼のろっこんは、障壁が傷付けば自身も消耗する。肩を貸したまま、心からそうねぎらうアリーセに、すさまじい疲労に衰弱しきった顔で、それでも獅子目は唇の端で笑ってみせ、
「舞台上で踊りながら歌えるように普段から鍛えているんだ、
　これくらいの消耗耐えてみせるとも。
　いやそれ以上に、これは俺の意地と矜持だ。
　例えどれ程苦しくても、守れるものは全て守ってやる」
　そんな獅子目を、先に救助された優木、左右、夏朝の３人が手を広げて迎え入れる。ほこり塗れの顔で左右が、自分たちのそれはそれはひどい姿を見下ろし、
「元の世界に帰ったらシャワーを浴びたいですわ……」
　そんなふうに零して、大いに仲間たちを笑わせるのだった。


　崩壊するホテルの最上階で新江＆由貴奈──三羽烏の１羽、孔雀のヒルズを撃破！
　倒壊したステッラ・デッラ・コリーナより１１名が脱出、無事地上に生還。