●旧市街エリア・決着（１）●


【大観覧車：軸部中央シャフト】

　ハッチが地震を起こし、地上にいる八神 修のろっこん発動が邪魔された。
「おまけにハッチも逃亡……って、マジかよ！？」
　また今の地震を起こされたら、どうするのか。こちらの観覧車サイドでも、悪化した状況を理解し、焦りの色を浮かべる楢木 春彦に、けれども、
「大丈夫！」
　と向こうの足場から、桃川 圭花の鋭い声が飛ぶ。
「楢木君！　あなたが作ってくれたこの空気の足場は、地震の影響を受けない。
　私の方は、ここでまだやれるわ！」
　地震で観覧車も大きく揺れたけど、幸いあのニナと八神が接着した鉄骨がストッパーとなって倒れず、下敷きにはならずに済んだ。ここまで皆が行った仕事が、少しずつ効いている。楢木のこの足場にしても、そうだ。
　だから決して、状況は徒に悪化しているばかりではない。
　今も地上では、仲間たちが必死に、この状況を打開できる手を模索している筈だ。
（なら私も、ここで私に出来ることをするまで）
　圭花は足場から手を伸ばして、再びシャフトの断面に触れる。複雑に組み合わさったスポークのその遥か遠くに、ふと九夜山の緑が視界に入り、彼女は一瞬そちらに思いを馳せる。

（こんなことになってて、あの人は無事なのかな。
　今すぐにでも市子さんのとこに行きたいけど。
　……でも、私らしい私のまま、あの人にまた会うために）

「背中向けるより、邪魔なものは壊して進むわ」
　──ろっこん【all in one】、再発動。



【旧市街：参道商店街跡地】

　ハッチの起こした局地的な地震は、近くの市街地にも被害をもたらしていた。参道商店街に一時避難していた、椿 美咲紀、天動 記士郎とあーちゃん、そして渥美 ニナが巻き込まれたのだ。
「きゃーーーーーーーーーっ！？」
　既に１回観覧車に轢かれて壊れていたお店の建物から、窓ガラスの破片が降りそそぐ。その下にいたのは美咲紀と、彼女が今まさに治療中だったニナの２人だ。
「危ない！」
　その声と同時に２人の頭上にバッと雨傘が花開き、トストストスッとガラスの破片が突き刺さる。物騒な見た目になったけど、その下にいた美咲紀とニナは無事だ。
「鴻上さん！？　あ、ありがとうなのです」
「うん、良かったよ。怪我がなくて」
　咄嗟に２人を救ったのは、同じ商店街にいた鴻上 彰尋だった。「大丈夫ですか？」と駆け寄ってきた天動＆あーちゃんと一緒に、美咲紀とニナを開けた場所まで避難させ、ともかくひと安心。鴻上曰く、
「動物園の時のように、またクローネの手下のカラスが襲ってくる可能性もあると思ったから。
　万一のことを考えて、身を守れそうな道具を調達しておいたんだ。
　カラスの襲撃はどうやら無いようだけど、意外に役に立って良かった」
「私からもありがとうございます。治ったそばからまた怪我をする所でしたよ」
　とニナも鴻上に礼を言う。ニナは治療の続きをして貰うために、美咲紀が待機していたこの商店街に立ち寄ったのだった。ゴンドラの中で負ったあの打ち身や痛みも、これで無事完治。
　ついでにニナは、まだ能力でくっついていた天動とあーちゃんの接着も解除してあげ、
「あーちゃん、またねー」
「うんっ！　ばいばーい、コアラのおねぇさんー」
　慌ただしくまた、戦いが続いている杜の湯方面へと走り去っていった。そんなニナをぶんぶん手を振り見送ってから、美咲紀は皆の方を振り返る。
「では、私達は地震の被害がない場所まで、少し離れてましょう」
「ええ、あーちゃんもいますし、その方が良さそうですね……」
　と頷いた天動が、そこでオヤと顔を上げた。その彼らの上空を、やはり杜の湯方面に向かってまっすぐに飛んでいく、２本の線が見えたのだ。「あれは……？」



【旧市街：杜の湯跡地】

　グラア、
　また大きく地面が揺さぶられ、八神 修の精神集中が切れた。２回目の地震。膝を付きそうになるのを今回もこらえるが、精神的なダメージの方が大きい。ろっこん【分解】の進化能力が作業中にまた途切れてしまった。鉄骨のいくつかの接合部は外せたものの、まだ完全分解には程遠い。
（ぐ……、いや焦るな。落ち着くんだ）
　深呼吸でゆっくり息を整え、のしかかってくるプレッシャーを気合いで耐える。
「普段から射撃部の活動と勉強で、集中力も精神力も鍛えてる。
　頭脳が武器の俺が、ここで折れる訳にはいかんよ……！」
　とは言え、このままでは埒が明かない。ハッチはまた地震攻撃を仕掛けてくるだろうが、地上にいる限り、八神にはこれを防ぐ手段が無い。巨大な観覧車を完全に「分解」するためには、その作業中ずっと息を止め、強い精神集中を続ける必要がある。
　頭を振る八神。
「考えるんだ。どうする……？」
　けれども、その時だ。「八神！」と突然大声が聞こえ、ハッと彼が頭上を振り仰げば。空をまっすぐに切り裂いて、ハッチのいる方角へと飛んでいく、２人の仲間の姿が見えた。
　あれは浅沼 柳司と、再びカラスの姿に変身した山田 勘三郎だ。その２人が声を投げて寄越す。
「事情は察したで！　要はお前が能力を使うとる間、
　あのハチドリに地震を起こさせなきゃええんやろ！」
『カアーー！（俺ら２人でその時間を稼いでやるぜ！
　俺と浅沼なら、地震の影響を受けねぇからなっ！）』
　そう宣言した通り、ハッチの元までたどり着いた２人は絶え間なく波状攻撃を仕掛けて、地震を起こさせる猶予を与えない。特に山田はさっきカロリー補給で１回休みだったので、今は心身充実して意気軒昂。何度も羽の辺りを狙って、逃げるハッチの機動力を削ぐ。
『カカカーー（攻撃すると向こうが喜ぶってのは気持ちわりぃが、
　とにかく効果がありゃいい……けど喜びながら寄って来んなよ！）』
『フハハハハ！　これはこれで！　これはこれで！（ハアハア）』


　そして大観覧車の方ではこのタイミングで、圭花が取り付いていたシャフトの軸がついに抜けた。
　ドゴオンンッ！　そのまま地上に落下する軸パーツの行方を見送るヒマもなく、圭花がすぐさま隣りの足場の楢木に、全速退避を宣言する。
「荷重が中心に集まる……逃げるわよ！」
　既にあちこちのスポークやゴンドラが取り外され、虫食い状態だった観覧車の骨組みが軋んだ悲鳴を上げ、中心部に向かってベキベキとその構造が崩壊していく。
「うわっ、確かにヤベェなコレ……長居は無用だぜ！」
　再び足場の階段を伝って撤退する、楢木と圭花。その豆粒のように小さな２人を、離れた地上から見上げながら、八神が再び大きく息を吸い込んだ。ろっこん【分解】による、観覧車の完全解体。やるなら、今この時を措いて他にない。
　呼吸を止め、みたびの精神集中。
　けれども、八神の心にもはや焦りの色は無い。
　浅沼と山田が、そして圭花や楢木たちが、彼に能力を発動させる時間を作ってくれたのだから。



「その期待と信頼には、結果で応えてみせる……いくぞ！」


　八神のろっこん【分解】──、みたびの発動。
　オオオオオオォォォォォォンンン……
　能力によって全ての骨組みの接合部が次々に外され、やがて絶命の咆哮を上げて崩壊していく大観覧車。土砂降りのように空から降りそそぐ、そのスクラップの瀑布にくるりと背を向け、八神は呟く。
「……俺は普段は荒事はしない、穏便に解決したいと思ってる。
　だが、いざとなれば刀を抜くんだ。俺の力は何かを守る為にある」
　その背後で完全解体された観覧車が、地響きと共に崩れ落ちた。


　旧市街・杜の湯跡地にて圭花＆八神──仲間のアシストを受け、大観覧車の完全解体に成功！