【バレンタイン】冬の赤いチューリップ｜リアクション

【バレンタイン】冬の赤いチューリップ

　この土曜日に福岡在住の志波高久が寝子島へ観光にやってきた最大の目的は、ウィンターチューリップを見る事だった。
　気ままな一人旅とは言え、一泊二日の強行軍で、今日の夕方には島を発たなければならない。
　メイン会場となるチューリップ広場の一番の見所はライトアップが始まってからなのだろうが、それでは帰りの便に間に合わない為、暗くなる前には観光雑誌を片手に九夜山へと向かっていた。

（結構人が多いな……）
　普段は静かだろう山の展望台前が、人で賑わっている様子を見るのは楽しかった。
（これが雑誌に書かれてた光のアーチか）
　入り口にあたる部分の一際大きな門を見上げ、華やかさに目を細めていると、花とは違う甘い香りが鼻先を掠める。
　折角きたしお祭り気分にのせられてみようか。ドリンクの売店小屋で「スリーブはおつけしますか？」と声をかけてくれた気さくな笑顔の男性販売員——露草——からコーヒーを購入し、何か摘もうかと軽食の売店小屋へ足を向けた。
「チョコレートカップケーキを一つ……、土産用もあるのか」
「上にのっているチューリップ型のチョコが可愛いですよね」
「寝子島のバレンタインならではだ」
　販売員の紫苑が、カウンターから少し身を乗り出して、高久に見えやすいように丁寧に手で示してくれた。
「こちらの３種セットだと、甘さ控えめのビターチョコレート味も入っていてお勧めです——」

　太陽が地平線に近づき始める頃、ステージでのイベントが始まった。
　スピーカーからBGMが聞こえてきて、高久の目をそちらへ誘ってくる。

「みんなーっ！　こんにちはー！　いぬみんだよー！　いぬみんはね、いぬみん星のお姫様なのです！
　いぬみん星ってどっちにあるのかって？　んーっとね、あっち！」
「ちひひー、あたしあかり。
　きょうはいぬみんのバルーンアートと、あたしのねんど細工で作品バトルをするの。みんなで楽しもうなの」
「テーマはお客さんから募集しようかな！
　いぬみんのこと、い～っぱい応援してくださいね！　みみみん！」

　弟たちと同じ高校生くらいだろうか、女の子二人のパフォーマンスだ。
（やはり、この島にくるといい気分転換になるな）
　微笑ましげに遠目に見ていると、ポケットの内側のスマートフォンがバイブレーションする。
「おっと……そろそろ時間だな」
　これからイルミネーションが始まると思うと名残惜しくもあったが、高久は後ろ髪を引かれる思いに苦笑して別れを告げた。

　参道商店街を急ぎ足で通り過ぎていく中、高久の歩調に合わせるように店が次々とイルミネーションで照らされていく。
「わあ」「綺麗！」と歓声を耳にしながら、商店街の人々の手作りらしい光りに温もりを感じる。
　商店街のアーチを抜ける数秒、ふっと振り返っていると、若いカップルが「あのぉ」と控えめに声をかけてきた。
「写真お願い出来ますか？」
「良いですよ」
　快くスマートフォンを受け取って画面を覗き込むと、カップルは気恥ずかしそうに身を寄せ合った。
（今日この島にいるカップルたちに幸あれ）
　高久はそう願いながらシャッターをきった。
（さて……。
　気分一新、トレーニングもレースも気合入れていけそうだ）

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