モノクロームと老婦人｜リアクション

モノクロームと老婦人

　買い物をしていた小倉杏子は、突然表情を無くしたような世界に、飛び上がった。
「なんだか……様子がおかしいであります？
　えっとえっと、白黒でなんだかとっても怖いであります……い、一体何が起こったのでありましょう？」
　不安気に杏子が周囲を伺えば、柔らかな髪も一緒に左右に揺れた。
「だ、誰かいらっしゃらないでありますかー……？」
　人影の消えた街を、怯える小動物のように。杏子は歩く。

　同じ頃。
　散歩をしていて元の世界から、灰色世界側に放り出された荒海藤吾は、ワイルドに頭を掻いた。
「誰かのろっこんが発動したのか？　世界を作り変えるなんて、並大抵の奴じゃないな」
　冷静、かつ慎重に判断する。
「とりあえず、他に巻き込まれた奴が居ないか探してみるか」

　藤吾が他の誰かを探しはじめて、しばらく。
　視線の先を、とぼとぼと歩く杏子の姿があった。
　迷わず、声を掛ける。
「おい、あんた」
　杏子は飛び上がった。
「ひゃ、ひゃい！？　私でありますかっ！？」
　近づいてくる。威圧するような、長身。いい体格。
（し、知らない人であります！）
　しかも杏子の緑の瞳に映る藤吾は、とてつもなく不機嫌に見えて、震え上がった。
　一方で、びびられている藤吾の方は、傷ついていた。
　生まれつき強面で鋭い目つきであるため、上級生などにはよく目をつけられ、それについては悩みの種ではあるが、あまり気にした事はない。
　しかしこうして、無垢な少女に怯えられると、ちょっと心が折れる。
（この顔じゃ、びびられても仕方ないか……）
「な、なあ、あんた。一人か？　他に巻き込まれた奴が居ないか、探してるんだ。一緒に来るか？」
　ヘコんでいても、仕方ない。
　気を取り直してダメ元で誘ってみれば、杏子はぱっと顔を上げた。
「あ、あのあの、一緒についていってよろしいでしょうか……！」
　おっかないけど、藤吾は悪い人には見えなかった。何より、一人は怖い。
「あ、ああ。ていうか、俺が先に誘ったんだ。嫌じゃないなら、一緒に行こうぜ」
「感謝であります！　はっ！　申し遅れました、私は小倉杏子であります」
　制帽を被った少女が、ぴっと同級生の少年に敬礼する。
「小倉か、よろしくな。俺は荒海藤吾だ」
「荒海さん、でありますね！　以後、よろしくお願いします！」

　二人の探索が始まった。
「しかし、本当に全てが灰色なんだな。建物の店の中にあるぬいぐるみも全部灰色だ。
　なんだか夢を見ている気分だな……」
　ショーウィンドウの中の、ファンシーなぬいぐるみに目を留める藤吾を、杏子は横目で盗み見る。
　相変わらず凄まじい威圧感を放つ少年は、大真面目な顔でぬいぐるみを見下ろしていた。

（う、うぅ……知らない人と一緒に歩くのは、緊張するでありますが。
　……でも、思ったより、怖くない？）

「誰もいないでありますねー……」
　ほてほてと藤吾の大きな背中に、くっついて歩く少女から、段々緊張が薄れてくる。
「そうだな」
　短く返す少年が見下ろせば、自分を見上げ、軽く尻尾でも振ってそうな様子の杏子。
「あの」
「なんだ？」
「灰色の世界……なんだか時が止まったみたいで、淋しいであります。
　……だから荒海さんに声を掛けていただいた時、本当はちょっぴり、嬉しかったんであります、よ？」

　思わず立ち止まる。
　杏子は真っ直ぐに、藤吾を見つめている。
　藤吾は破顔すると、杏子の頭をくしゃりと撫でた。

「さあ、もっと探してみようぜ」
「……は、はいであります！！」
　さっさと先を立って歩き始めた藤吾。
　ほんのり赤くなった頬を押さえると、杏子は小走りに追いかけた。

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