アウトレットへいこう｜リアクション

アウトレットへいこう

「――ん、ぅ……」
　深倉理紗子は天井を眺めていたことに気づくまで数秒かかった。
　視線だけ壁の時計に向けてみれば、時刻は１１時、カレンダーに視線を合わせると今日は赤丸で『休み』と見慣れた文字で書かれている。
「……なんで目が醒めちゃうの……？」
　今日は家で思う存分寝ようと思っていたのに――しかし、一度起きてしまうとすぐ眠れないことは理紗子が一番よく知っていた。
「とりあえず着替えようかな」
　凝り固まった背筋をよく伸ばすと、理紗子はバスルームへ足を向ける。
　ひとしきり身なりを整えると理紗子は今日の予定を考えるが、すぐに思い浮かばない。
「ちょっと遠くまで歩いてこようかな、気分もスッキリするだろうし」
　外に出るとまだ冬の気配が残る寒風に頬を撫でられながら、いつもと反対のほうへ歩いていく。
　駅を越えて木天蓼大学の前を通り過ぎていくと、理紗子はアウトレットまで来ていた。

　理紗子がなんとなしに立ち寄ると、アウトレットの入口に掲げられた横長い看板に視線を釘付けにされる。
「バレンタインデー、か」
　赤やピンク、白のハートで装飾された『Ｓｔ.ＶＡＬＥＮＴＩＮＥ　ＤＡＹ』の文字、道理でいつもより賑わっているわけだ。
　とりわけ女子高生と思われるグループが目立ち、その中には男の子を連れている少女もいる。
（恋人たちの季節なのね）
　思えば、理紗子はこれまで男性と親密になる機会がほとんどなかった。
　幼稚園から高校まで、通っていたのは一貫して女学校。
　不純異性交遊は厳しく取り締まられていて、大学に入っても院内研修への参加も増え自由な時間は減る一方。
　念願の医師になったら、朝から晩まで働き詰めで、病院で寝泊まりすることもしばしば……恋に恋する暇もない。
　そして気づけば――そこまで思考を巡らせてると理紗子は大きく頭を振る。
「そんなことより、新しいお店がないか気になるわね」
　くだらないことは思考の外へ追いやろうと、足早に中へ入っていく。
　軒先に立つマネキン達はすでに春物の装いを着せられ、間もなく訪れるであろう流行に先んじていた。
　そこは理紗子も女性であり、来季の着こなしにも使えそうな物を見て回り……小一時間ほどすると、すっかり気分も変わっていた。
「家からずっと歩いてたし、そろそろ疲れてきちゃったわね」
　重くなってきた足をそろそろ休めようかと思った矢先、目をやった先にカフェの看板がぶら下がっている。
　前に来たときはあっただろうか？
　温かみのある艶出しされた木目のエクステリア、明治の純喫茶を想起させるクラシカルな落ち着きのある佇まい。
　――理紗子は一目で気に入った。
　店内も理紗子の期待に反することなく、しっとりしたジャズが耳に心地よい刺激を与えてくれる。
「……美味しい」
　頼んだロイヤルミルクティーを一口飲むと、ミルクのなめらかな口当たりと紅茶の品の良い香りが疲れた体に優しい暖かさを染み込ませる。
　予定通り、家で過ごしていたら見つけることもなかっただろう。
（今日はこのお店を見つけられただけでも収穫だったな）
　今晩は気持ちの良い眠りにつけそうだと感じながら、理紗子はティーカップを傾ける。

　＊＊＊

　今日は特に予定もない、空きがあるならどこかへ出かけてみよう。
　青山絢が気まぐれにアウトレットに訪れてみれば、なんとなくカップルが目につくような気がした。

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