アウトレットへいこう｜リアクション

アウトレットへいこう

　いや、バレンタインという一大イベントを間近に控えているのだ。そういう風に見えてしまうのだろう。
「今のところ、私には関係ないんだけどね」
　誰に言うでもなく呟いた絢は、人で溢れ返るアウトレットモールを進んでいく。
　道中で見知らぬ男達がチラチラと向ける好奇の視線も、正直なところ気分がよくない。
　すると、絢を遠巻きに見ていた男が「あんな可愛い子、絶対カレシ居るよなぁ！」と大げさな声をあげている。
（誘われても受ける気分にはなれないだろうし、誤解してくれていた方が助かるわ）
　ひとまずショップ巡りをしようと、店内を覗いては隣のショップへ渡り歩いていく。
　面白そうなものは目につくけれど、欲しいと思えるほど興味を駆り立てられていなかった――のだが
「……あ」
　とある靴屋の前で足が止まった。
　絢はディスプレイに引き寄せられるように近づき、身を屈めてじっくり観察する。
「いいわね、このデザイン。色も素敵……」
　値札を見るとなんとか手が届きそうな値段、絢の中で購買意欲が一気に膨れ上がっていく。
『ここで買わなければ、他の誰かが買ってしまうに違いない』
　そんな危機感すら湧いてきて、居てもたってもいられず店の中に飛び込んだ。
　数分後、出てきた絢はショップロゴ入りの大きな袋を抱えていた。
（ふふ、いい買い物が出来たわ）
　大事そうに包みを持ち直す絢はこのまま帰ろうか……と思ったものの、これだけ買って帰るのもなんとなく味気ない。
　帰るか否か考えた末に、絢はもう少しだけふらりと回ってみようと歩を進める。

　気になった店舗を渡り歩くうちに、気づけば落日を迎えようとしていた。
　強い西日を眩しそうに見つめながら、絢は窓辺で夕陽を見つめる。
「まだ日が落ちるのは早い時期なのね……」
　茜色の空を見上げると、ふと１年前にも同じ空を見たことを思い出す。
「ああ、そっか。ここに来てもう１年くらいか」
　思えば、母の死後すぐに父が再婚したのを機に、絢の中で歯車が噛み合わなくなったような気がする。
　他にも色々と事情があるけれど、それらからも逃げるようにしてやってきた寝子島。
　地元に住まう従姉妹の家に転がり込んで、なんとか生活を成り立たせているのが絢の現状だ。
（別に、自分が強い人間だったと言う気はないけど……こんなに脆い人間でもあったのかな）
　湧いてきた微かな不安に、絢自身は意外に思った。
　――胸の奥でざらついた感覚が止まらない。
　少しでも嫌な気分を紛らわせたい、絢はすぐそこにある本屋へと入りこんだ。
　本の中にある世界は優しいものだ、悲劇も喜劇も脚色された虚構（フィクション）でしかないのだから。
　絢の踏み込んだ先は、昔話から最近作られたばかりのお話の絵本が並ぶコーナー。
「へぇ……大人向け、なんてものもあるのね」
　所狭しと並ぶ絵本を見渡し、絢は手に取ってみる。
　――そのお話は地上の世界に憧れる人魚が、魚になりたい猫と浜辺で出会うところから始まった。
　しかし、猫は人魚に地上では争いが絶えないからとても危険だと警告し、
　人魚も海の中は魚を食べてしまうシャチや鮫がいて危険がいっぱいだと言い返す――。
「知らない世界だから、行きたくなっちゃうのよね」
　続きは家に帰って読もうと、絢は少なくい手持ちで会計を済ませる。
（今日は良いこと尽くめだったかも）
　お気に入りの靴と絵本を両手に抱えると、軽い足取りで家路についた。

　＊＊＊
　
　――期間限定とは、文字通りその期間に限られたものを差す。
　その言葉は水守流の大きな障害となって立ちはだかっていた！
「限定のチョコショップの新作チョコ……食べたい！」

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