旧市街のお化け屋敷｜リアクション

旧市街のお化け屋敷

　　　６

　パニックになった巧を落ち着かせたのは、小百合だった。
「まあまあまあ巧くん、どうしたの？　そんな泥だらけになって。お風呂沸かすから、入ってらっしゃい。ね？」
　ピンクのフリルの付いたドレスを着た老婆――これが例の、と学生たちは驚いたが、円が小百合を紹介したことで、騒ぎにならずに済んだ。
　一行は小百合の招待で、家に上がることとなった。大家は初めての客に興奮し、ジュースやお菓子を買ってくると出て行った。巧の話は気になるが、年寄りを一人で行かせるわけにはいかないと、円と亮も荷物持ちとしてついていく。
　しばらくして、ジャージに着替えた巧が風呂から出てきた。この場の主役であるはずの彼は、居間の隅に座り込んだ。
　半ば呆れながら、響也は言った。
「あのさ、東門。いきなりこんなに押しかけられて怖いのは分かるけど、そんな隅っこじゃ話も出来ないだろ？」
　巧は膝を抱えたまま、長い前髪の下から響也を見上げた。だが、何も答えない。響也は嘆息した。
「あのね、巧くん、私、椿美咲紀。同じクラスよ。先生からプリント貰ってきたの。ノートもね。それからこっちはシューくん。これでも生徒会副会長」
「『これでも』は余計だ」
「困ったことがあれば、手伝うよ？」
　ぴくり、と巧の身体が震えた。
「何か、あるのか？」
　初めて示した反応に、修は興味を持った。
　修たちは待った。巧の心を開けるようなろっこんがないのは、残念だった。
　やがて、巧はぽつりぽつりと話し始めた。
　巧は前の学校でいじめに遭っていた――これは、莉鳥が考えていた通りだ。ただ、理由については話さなかった。
　心機一転、転校して人生をやり直すことに決めた。その時、たまたま父親が小百合の話を聞いてきた。タイミングの良さも手伝い、単身、寝子島へと越してきたのだった。
　やってきた初日、散歩に出かけた巧は、飛んできた野球ボールに当たりそうになった。咄嗟に頭を庇おうとし、――気が付けば土手の下に落ちていた。
「落ちた？　転んだとか、滑ったじゃなく？」
　刀は尋ねた。巧はかぶりを振る。
「落ちてた。体が全然動かなくて、意識はあるし、見えてるのに、まるで缶詰に閉じ込められたみたいに全然、動かなくて」
　さっきと同じ状態ね、と莉鳥は思った。
「……しばらくしたら戻ったけど、わけ分かんなくて、怖いし、それで」
「それで、外に出られなくなっちゃった？」
　美咲紀の問いに、こくんと巧は頷いた。うーん、とその場にいた全員が唸る。おそらく、というよりそれは間違いなく、
「ろっこん、だな」
　響也は説明した。もれいびのこと、そしてろっこんのこと。他にも話すことはあるが、今知っておくべきことは、その二点だ。巧は、にわかには信じられぬようでぽかんとしている。
「お前の場合、何らかの攻撃を受けた場合に発動するタイプだな。野球のボールが飛んできたことと、さっきの件を合わせれば間違いないだろう」
　響也は莉鳥の名前を出さなかった。巧が彼女を逆恨みしては困るからだ。響也の言葉を受け、刀はひょいと巧の手を取った。巧は咄嗟に引こうとするが、刀は放さない。
「……傷はないようだ。その時もダメージは受けてないんだろう？　とすると強化型……防御に特化しているんだろうな。時間やどの程度の硬さかは分からないが。追い追い、試していけばいいだろう」
　力を抜くと、巧はぱっと手を引いた。やや、警戒した目を前髪の下から覗かせる。刀は内心、苦笑した。これは先が苦労しそうだ。
「……ば」
　ぼそり、と巧がまた口を開いた。
「……僕は、どうすれば、いい？」
　学生たちは顔を見合わせた。思ったよりも前向きな発言だ。
「そうだな――」
　修は寸の間考え、言った。

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