旧市街のお化け屋敷｜リアクション

旧市街のお化け屋敷

　　　１

　旧市街のとある一角に、とても古い家があった。
　二階建てで大きな庭があるが、人が住まなくなって久しい。
　そんな家がお化け屋敷と噂されるようになったのは、ここ最近のことだ。
「呪われた家に謎の影、未だ見ぬ転校生の噂。これは探索するしかないよね！　もしかしたらオバケに会えるかも！」
　草木も眠る丑三つ時――とはいかないが、午後十時を少し回った頃、兎水々るるかはその家にやってきた。
「く、暗いね……」
　誰ともなしに、るるかは呟いた。当然、返事はなく、その静寂が不安を煽る。
　近所に街灯は少なく、あっても切れているようだ。
「でもっ、だいじょーぶ！　こんなこともあろうかと、懐中電灯を持ってきたから！」
　しかし、懐中電灯を握る手はカタカタと震えている。
「こここ、怖くはない……けどっ！　歌を歌っていれば少しは気分が紛れるはず！」
　スイッチを入れ、るるかは歌を口ずさみ始めた。しかし、得意なはずの歌も、恐怖で声が震えてやや調子っぱずれだ。
　コンクリートでできた門――表札もない――を抜け、建物に光を当てる。
「い、いかにも出そう……きゃっ、出た！」
　出たのはお化けではない。虫だ。季節柄多くはないが、いないこともない。何の虫か分からなかったのは、るるかにとって幸いだったかもしれない。
　はたいた拍子にその虫は落ち、ホッとすると同時に恐怖も薄らいだるるかは、意を決して再び懐中電灯を家へと向けた。
　――とたん、扉ががらりと勢いよく開く。
「何時だと思っているの！？」
「きゃー！！！」
　るるかは咄嗟に、もう片方の手で持っていたスマホを向け、シャッターを押した。フラッシュがたかれ、その「誰か」の姿がるるかの目にも映る。
「きゃー！」
　再び叫び声を上げ、るるかはその場を逃げ出した。
　彼女が見たのは、ピンクのネグリジェを着た老婆が髪を振り乱し、鬼のような形相で怒鳴っている姿だったのだ。

「……では持ち主は、東門さんではないと？」
「そうよぉ。もう十年近く前だけど、前に誰か住んでたのは。でも、そんな名前じゃなかったわねぇ」
　神野美野梨は、近所の主婦に聞き込みをしていた。
「でもね、ピンクのフリルの付いたドレスを着たお婆さんはたまに見かけるわよ。あれ多分、買い物してるのね」
　美野梨は、るるかから回ってきた写真を見せた。
「それは、こんな人じゃありませんでした？」
　主婦はその写真を見て、目を丸くした。
「何これ！？　鬼婆！？」
「……まあ、そう見えますよね」
　美野梨はスマホの画面を見て嘆息した。これが例の鎌を持った老婆だろう。買い物をしている――ということは、幽霊でも何でもなく、生きた人間であるはずだ。ただし、主婦がそう思い込んでいるだけかもしれないが。
　次にブロック塀の上に座る野良猫――この辺は多いらしい――を見かけた美野梨は、背を伸ばして尋ねた。
「にゃーあ？」
　眠っていた野良猫は薄目を開けると、大きな欠伸を一つした。
「にゃ？」
　野良猫にも写真を見せる。――知らないと答えが返ってきた。ただ、件の家には確かに年末ごろから人がおり、時折、餌もくれるらしい。
「悪い人ではなさそうね……」
　猫に礼を言い、美野梨はその家にやってきた。昼間見ても人気がなく、どことなく寂しい。
　もしこの家に東門巧（とうもん・たくみ）がいるならば、クラスメイトのふりをして訪ねてみることは、悪いアイデアではないだろう。
　出来れば手土産の一つでも欲しいところだが――と思ったところで、声をかけられた。
「そこにいるのは神野美野梨！　ここで会ったが何日ぶりだっけ？　さあ、ツケにしたポニテを見せ……て、何やってんの？　何か調査かい？」
　鎌八まもるだった。

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