旧市街のお化け屋敷｜リアクション

旧市街のお化け屋敷

　　　５

　亮が走り去った後、玄関にはその人物が一人、残されていた。
「？？？」
　わけが分からず、ぽかんとしていると背後から声をかけられた。
「もしかして、巧ちゃん？」
「はい？」
　その返事に、桜庭円は顔を輝かせた。
「やっぱり、巧ちゃん？」
「いいえ。巧くんは部屋にいますよ。……そういえば、今の声は巧くんの声に似ていたわねえ」
　老婆はあっさりと否定し、円は肩を落とした。彼女は、噂の老婆が巧ではないかと考えていたのだ。
「それじゃあ、あなたは――」
「わたくしはこの家の主の、城之内と申します。そちら様は？」
「あ、ボクは寝子高の――」
　言いかけたところで、遮られた。
「まあ！　寝子島高校の！　それでは、巧くんのお友達？」
　ピンクのフリルの付いたドレスを着た老婆は、ぱあっと顔を輝かせた。
「いえね、心配していたんですのよ。巧くん、一度も学校に行っていないでしょう？　前の学校のこともあるし、わたくし、下宿というものを初めて営みますので、どこまで世話を焼いたらよいか分かりませんし、でもお金もないので大したことはできませんし、せめてお食事だけでもきちんと――」
「いや、あの、ちょっと待って。待って」
　円は慌ててそのお喋りを止めた。
「えーと、取り敢えずおばあちゃんは巧ちゃんじゃないんだよね？」
「ええ、そうですよ。わたくしの名前は城之内小百合（じょうのうち・さゆり）。この下宿の大家です」
「下宿……？　この家が？」
　円は思わず家を見上げた。お化け屋敷と噂されるほどのボロ家である。そうなんですよ、と小百合は嘆息した。
「親戚が残してくれた家なんですのよ。わたくしがたった一人の相続人でしてね。それで年末に越してきて、心機一転、と下宿を始めたんですのよ。家事には幸い、自信がありますのでね。今のところ、下宿人は巧くん一人だけですけれど。それにしても、お友達が来てくれるなんて、今日は何て素晴らしい日でしょう！　ぜひ上がっていってくださいな」
　小百合は無邪気に笑って、円の手を取った。

　硬直した巧をどうしたものかと考えていると、二階から美野梨、美咲紀、修が顔を出した。
「大丈夫？」
「こちらは。でも彼が硬直したままで――彼が東門巧？」
　美野梨の問いに、莉鳥は頷き、確認する。
「多分、そうだろう」
　まもるのメールによれば、巧らしき少年は二階の突き当たりの部屋にいた。修たちが今いるのは、その部屋だ。
　反対側――ちなみに腐った箪笥や本棚が無造作に置かれていた――を見ていた響也と刀も駆け付けてきた。その後ろに、変身を解いたまもるも続く。間違いない、とまもるは言った。
「医者に連れて行った方がよくないか？」
　亮に抱かれたままの巧の頬を、響也は指先で突いた。まるで氷のようにかちかちに固まっている。ただし、冷たくはない。温もりはあるようだ。
「生きてはいるな」
「怪我だったら私が治しますよー」
　美咲紀がぶんぶんと手を振った。
「怪我はしてないわ。それに私のろっこんは、気絶させるのが精一杯よ」
　莉鳥はかぶりを振った。
「じゃあ、なぜ彼はこんな状態なんだ？」
と、刀。
「待ってくれ。起きるぞ！」
　ぶるり、と巧の身体が震えた。見開いたままの目が細まり、何度か瞬きすると、
「うわあああああ！！」
　叫び、亮を蹴飛ばした。その拍子に、顔から地面に落ちる。
　それだけではない。立ち上がろうとするも足に力が入らないのか、巧は這うようにしてそこから逃げ出そうとした。手や足、顔、体中が土まみれになる。
　その場の人間は、呆気に取られてその様子を眺めていた。

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