空飛ぶチョコレイトハート｜リアクション

空飛ぶチョコレイトハート

●リンゴを追いかけて
　畳を開発した日本人はえらい。
　雑に寝っ転がるのにこんな丁度いい地面はないからだ。
「んにー……」
　体育会系の七音侑とはいえ、ごろごろしたい時だってある。
　一般的なごろごろとは違って、右へ左へ転がっては戻りまた転がってを繰り返すごろごろである。
　ごろごろしながら考えを巡らせる。
　誰しも、身体が動いていると頭も動くものだ。
「バレンタインデーかあ、今年はどうしようかなー。クッキーでも作ろうかなー」
　クラスの皆は勿論部活の男子たちにもあげねばなるまい。顧問の先生だって楽しみにしてるかもだし。
　同じクラスのネコっぽい子はニャロルチョコを箱買いしてうまいこと乗り切るつもりらしいが、そういう話をするなら粉と卵と牛乳とチョコチップで大量にこしらえるのもうまい手だ。
　市販品のような安定性はないが、こういうときに手作り感は喜ばれる。
「いくつ作ったらいいかな。えーっと」
　指折りして男子の数をかぞえていく。
　折角なので羊を数える要領で、脳内のハードルを一人一人飛び越えさせてみた。
　男子が一人男子が二人。男子が三人……。
　途中で、耀がサッカーボールをリフティングしながらハードルを飛び越えた。
　こちらに振り向く。
　『よっ、一緒に帰ろうぜ』
「んにゃあ！？」
　壁に頭をぶつけた。
　転がりすぎた。
　というか考えすぎた。
　身体を起こす。
「工藤君も、数にいれていいのかな。折角だし……」
　自分で呟いてみてハッとした。
「え、なんで？」
　ほっぺを両手で押さえてみる。
　なんか熱い。
　頭をわしゃわしゃしてみる。
　なんか熱い。
　こんな時は外の冷たい風に当たるに限る。
　窓をガラッと開けたその途端――侑の胸からリンゴ型のチョコレートが飛び出した。
「にっ！？」
　小さな羽をはやして浮かぶリンゴチョコ。
　一度こちらを振り返ると、跳ねるように飛んでいった。
「あ、待って！」
　侑は運動用のスニーカーをひっつかむと、窓の縁から身を乗り出した。

　空をぽんぽんはねていくチョコを追いかけて走る。
　短距離型とはいえ人よりずっと運動してきた侑である。持久力だってそれなりについている。
　それに、走っていると頭も動く。
　たとえばこんな想像だ。
　バレンタインデーの話題で盛り上がるクラスの女子に『工藤君ってどんなチョコ好きかな』と聞く自分。皆して目にハートを作ってラブシャイニーとか言い出すに違いない。いやそんなこと言ったこと無いけど。
　大騒ぎになれば絶対本人の耳に届くはずだ。
　届いては困る。
　届いてしまっては困る。
　理由は……。
　理由は、ふしぎと分からない。
　首をぶんぶんふる侑。
　チョコも身体をぶんぶんと振って振り返った。
　『どうするの？』
　チョコが問いかけてきた気がした。
　手にとってみると、溶けるように消えていく。
　解けるように、消えていく。