空飛ぶチョコレイトハート｜リアクション

空飛ぶチョコレイトハート

●ハンドメイドのわけ
「おつりはいらないわ！」
　一生に一度言うか言わないかくらいの台詞を、城山水樹は雑貨屋の店主に叩き付けた。千円札と共に叩き付けた。
　唖然とする店主に背を向け、虫取り網をひっつかむと店の外へと飛び出す。
　まるで捕まえるのを待っているかのようなチョコレートに狙いを定めると、水樹は虫取り網の柄をつよく握りしめる。
「まったく神様は……余計なことしないでよ！」
　世の中には選択できないことが沢山ある。
　生まれや名前。明日の天気や風向きもだ。
　たとえできたとしても、テストの回答やおろしたてのブーツのように自信の持てない選択だって沢山ある。
　けれど、『彼』のことは自信を持って選んだのだ。
　だから何を渡すかも、どうやって作るかも、自信を持って選びたい。
　スッとチョコレートが翼を畳んだ。
　今だとばかりに網で捕まえて引き寄せると、チョコレートは満足げに水樹の胸の中へと戻って消えた。
　頷き、胸に手を添える。
　今なら分かる。
　彼に作ってあげるべきものが。
　あと、虫取り網が千円じゃ足らなかったってことが。
「かえさなきゃよね、これ」

　青物といきの強みは持久力だ。
　軽々しく飛び回る無数のニャロルチョコをぱしぱしとジャンピングキャッチしていくが、一向に息が切れることがない。
「そこにゃ！」
　鉄柵からジャンプしてチョコをキャッチ。
　両足と腰をバネにしてアスファルトに着地すると、握った手を開いてみた。
　そこにニャロルチョコはない。
　胸の中から飛び出したチョコは、どうやら手の中に戻って消えたようだ。
　義理チョコなんてこんなもの。
　飛ばして戻れば無くなっているようなものだ。
　再来月の今頃には忘れているかもしれない。
「……」
　ふと振り返る。
　ニャロルチョコがもう一個浮かんでいた。
　というか、最後の一個だ。
「これゲットしたら、スーパーにでもいこうかニャ」
　掴もうと手を伸ばす。
　が、素早く逃げる。
　更に手を伸ばす。が、更に逃げる。
　といきはムキになって走り出した。
　ガードレールを跳び越え、自販機や木によじ登り、ブロック塀を駆け抜けた。
「にゃっ！」
　必死の思いで飛びつき、チョコを掴み取る。
　ごろごろと転がった先は川辺の土手だった。
　仰向けで止まり、手を開いてみる。
　チョコは残っていた。
　マジックペンで『せんせーへ』と書かれた市販のチョコが、意地を張るように残っている。
「…………」　
　といきはチョコをぎゅっと握りしめて立ち上がった。

　八神修は知的でクールな男子高校生である。
　好きこのんで二月の川に飛び込もうとするような男ではない。
　が、時と場合によってはそれもありうるだろう。
　例えば、自分の名前が書かれたチョコが『飛べば許す』と言ってきた時なんかだ。
「……本当にこれで消えてくれるんだろうな」
　流れる川を橋の上から見下ろしていた修は、後ろを振り返った。
　チョコがふわふわと浮いている。
　なんとも堂々とした振る舞いだが、なんと言っても自分から生まれたチョコだ。不意打ちで捕まえようとしても無駄だろう。
　だがその反面、言ったことは守るチョコだと確信ができた。
　……いや、チョコの時点でどうかしてはいるが。
「俺を試しているつもりか。いいだろう」
　上着を脱いで畳み手すりの上によじ登る。
「けれどその代わり、ちゃんと届いてくれよ」
　修は、二月の川へダイブした。
　その後キッチリとチョコを回収できたことは、語るべくもない。

　さて、ここで八十八旗信彦にも触れておこう。
　サングラスをくいっと上げ、陽光を反射する信彦（イケメン）はブロック塀に腰掛けると、二本指を立てて言った。
「俺は思っていた。愛をレディたちにうまく伝える方法はないものかな……とね」
　上着のボタンをひとつふたつ外すと、胸を反らして開放。
　あふれんばかりのチョコが爆発したかのように吹き出した。
「まさか、こんな形で実現してしまうとは。罪な現象もあったものだね！」
　割と回収する気のない人も、いたようである。

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