輪廻傀儡のグランギニョル｜リアクション

輪廻傀儡のグランギニョル

●赤と青のバイレ
　己の置かれていた境遇に気付いた時、獅子目悠月の心を揺さぶったのは、意思に関係なく縛られていることへの怒りと嫌悪――そして恐怖だった。
　ああ、何時から？　どれ程の間自分は縛られ続けていた？　これが何度目の生なのか分からないけれど、彼の記憶には人形師とは違う誰かに対する、血が沸騰するような怒りと恐怖が存在していた。
（俺は……こんな所で立ち止まる訳にはいかないんだ）
　――故に、抗う為の力を自分は身に着けなくてはいけない。豪奢な外套を翻し、鮮やかな赤の儀礼服を纏う悠月は、人形たちを仕留めていこうと動き始める。
（踊るような足取りで。音楽を奏でるような感覚で――）
　その感覚は、不思議と彼の身体に馴染んだ。軽やかなステップを刻みながら赤絨毯の上を通り抜け、そしてワルツを踊るように螺旋階段を駆け上がる。階上に居た人形が、迫る悠月に気付いて矢を射るが――彼は相手の呼吸とリズムを読み、飛来する矢の雨をサーベルで叩き落としていった。
（……優雅に、美しく）
　――アンドゥトロワのリズムで、悠月は一気に階段を飛び越える。そのまま相手の懐へと潜り込み、絢爛な装飾に彩られた刃が真っ直ぐに刻印を貫いた。
「あ……」
　悠月の結い上げた赤銅色の髪にふわりと、黒薔薇の花弁が散ったと思ったのは幻だろうか。音を立てず、忍び寄る影のように距離を詰めようとしていたアカリは、その姿に一瞬目を奪われていた。
　美しく、刹那で、終わらせる――そんな決意すら、頭から消えていたのだろう。しかし悠月は今までと同じように、視界に入ったアカリへと斬りかかっていって。ふたりの瞳が交差した時、彼らは互いのことをはっきりと思い出していた。
（……俺、知ってる、この瞳）
（知っている。少し強気な意思のある目）
　悠月のサーベルと、アカリの精巧なナイフが二度三度と打ち鳴らされて、ふたりは巡る螺旋の中で艶やかな剣舞を繰り広げる。知っているけれど、此処で話しかける訳にはいかないから――鴉の目は何処にでもあって、人形師の元へ辿り着くまでは悟られないようにしなければ。
（しかし味方になりうる人間を、ただ倒すのも得策とは言えないか。……適度なところで逃がすか？　いや）
　――そんな風に悠月が思考を巡らせる一方で、アカリは非情な運命に只々翻弄されていた。
（どう、すればいい？　きっと俺にはあいつは倒せない）
　俺は弱いからと自嘲する彼は、ならせめてと儚い望みを抱く。終わるなら、あいつの手で――縋るように悠月の顔を見上げた時、アカリは其処で彼が何かを考えていることに気付いた。
（こいつ……なるほど、そういうシナリオ、か……）
　微かな動きを読み取って悠月の考えを察したアカリは、そのまま彼の足取りに合わせて刃を交え、ダンスを踊るようにして階段を登っていく。
（獅子目に従うのも癪、だけど……仕方ない、合わせてやる）
　――操り人形のように、あくまでも意思のない人形を演じてやろう。操られるように、踊るように。戦い続けるふたりが目指すのは、最上階にある人形師の玉座――。

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