――目覚めと同時、酷く甘い匂いが鼻をくすぐった。
僕は、私は一体『誰』だったのだろう――記憶にかかるノイズは止むことは無く、モノクロームの光景が幾つも流れては消えていく。
「やあ、お目覚めかね。私の可愛い人形よ――……」
ゆっくりとかぶりを振って身を起こせば、自分は硝子の匣の中で眠っていたようで。目の前には仮面で目元を覆い、瀟洒なスーツに身を包んだ紳士が佇んでいた。
――甘い匂いが酷くなる。これは彼の香であるのかと少しの逡巡のあとで、抱いた違和感はふわりと溶けて消えていく。ああ、何を惑っていたのだろう――かぐわしき匂いは、この館に満ちる黒薔薇のもの。目の前の紳士、否、『我が主』が愛して止まぬうつくしき花だ。
「……どれほど、眠っていたのでしょう」
さらりと紳士の髪が揺れて、白手袋に包まれた指先が頬を撫でる。ただそれだけのことが、酷く嬉しい。
「何、ほんのひと時のことだ。他の子らは既に目覚めているよ」
「では、為すべきことを致しましょう」
淀みなく――まるで自分の意思を超越した何かによって操られるように、すらすらと紡がれる声。自分は何者か、などと目覚めたての疑問が馬鹿馬鹿しいほどに、己の魂に刻まれた現実は揺るぎなきものだった。
「我が主――偉大なる『人形師』様」
――彼は自分の創造主。そして自分は、彼によって造られた『人形』だ。
硝子の薔薇のシャンデリアが煌めく中、黒曜石の柱と深紅の絨毯が鮮やかな屋敷の回廊を歩く。そうして辿り着いた広間では、自分と同じ『人形』たちが思い思いに着飾って、主の到着を待ちわびていた。
「私の可愛い人形たちよ、新たな夜が訪れた。今宵の遊戯を始めるとしよう」
ゆったりと玉座に腰を下ろした人形師は、芝居がかった様子で指を鳴らす。すると、人形たちの胸元に刻まれた黒薔薇の刻印が光り輝き――其処からは硝子細工の武器が次々と生み出されていった。
「……さて。遊戯の舞台はこの屋敷すべてだ。無粋な真似はしないでくれ給えよ? あくまで優雅に、美しく。その身体に宿した魂の輝きを私に見せておくれ」
その命と同時、玉座で羽を休めていた鴉たちが次々に飛び立つ。彼らは人形師の目となり耳となり、この屋敷で起こった全てのことを主へと伝える役目を持っているのだ。
「刻印を貫けば、此度の生は終わる。……だが恐れることは無い。私の手によって永遠に、生と死は繰り返されるのだから」
さあ、今宵生き残るのはどの人形だろうかと――人形師は表情の窺えない相貌でくつくつと嗤った。
――永遠。その言葉を聞いた時、何かを掴みかけた者たちが居た。
(もしかして自分たちはずっと、人形師の手で延々と戦わされ続けていたのか)
(人形……いや、違う。これは夢か何か。彼にかしずく以前の、生きてきた証があった筈)
自らの役割に何ら疑問を持たず、淡々と他の人形たちが動き出す中――その心に確かな『自我』を持った者は、この状況から抜け出そうと知恵を巡らせる。
(自分ひとりでは、無理かもしれない。でも……)
仲間が居るのなら、この悪夢から抜け出すことが出来る筈。そう――この身に刻まれた呪縛から逃れれば、或いは。
(ああ、やってやろうじゃないか)
――優雅に、美しく。そして今宵も、黒薔薇の館での人形劇が幕を開ける。
お初にお目にかかります、ゲームマスターの柚烏と申します。これから色々な『らっかみ!』の物語を皆様と紡いでいけたら、と思っております。
●舞台の説明
今回の舞台は、異世界とも夢の中とも知れない不思議な世界です。気が付くと皆様はこの世界に迷い込み、『人形師』と名乗る絶対存在の元で、永遠の遊戯を繰り返す『人形』となってしまっていました。
人形師が楽しむのは、人形同士を戦わせて誰が勝ち残るかを決めるバトルロイヤルです。人形は屋敷に散り、あちこちで決闘を行います。
しかし皆さんはこの異常な状況に気付き、何とかして終わらない遊戯を終わらせ『日常』を取り戻す為に行動することになります。具体的には人形師を倒し、彼の呪縛から解放されるのが目標です。
●キャラクターの状況
全員生ける『人形』に変じており、行動に制限がかかります。但し、他のキャラクターさんとの意思疎通は問題なく行えます。
・現実での出来事がぼんやりとしか思い出せません。
・主である人形師を直接害する行動は取れません。ただし、自分の手で他の人形を倒すたびに自我が強くなり、主に強く抵抗することが可能になります。
・胸にある黒薔薇の刻印を武器で貫かれれば、其処で機能を停止してしまいます。
●人形の遊戯
・人数内訳はキャラクターさんが半分、残り半分はNPCの人形となります(10人参加していれば、自分たち以外の人形は10人。全部で20人)
・ちなみにNPCの人形は機械的に行動し、協力や連携などは行いません。
・胸元に刻まれた黒薔薇の刻印を、武器で貫くことで人形を倒せます。
・武器の形状は自由ですが、3つのタイプからどれか1つを選んでください。それぞれに相性があります。
(近)短剣や剣など近距離用の武器。『中』に弱く『遠』に強い。
(中)槍や鎌などある程度の間合いがある武器。『遠』に弱く『近』に強い。
(遠)弓や銃などの飛び道具。『近』に弱く『中』に強い。
●戦場
お屋敷全体が舞台です。基本的に狭い場所(小部屋、地下室など)は『近』が有利。広い屋内(ホール、礼拝堂など)は『中』が有利。屋外(中庭、屋根の上など)は『遠』が有利になります。
●注意点
使い魔の鴉によって、人形師は屋敷全体を把握しています。その為、あからさまに不審な動きをしていると警戒される恐れがあります(大勢で固まって行動しているなど)。場合によっては、決闘する演技なども有効になるかもしれません。
人形師は、まさか人形が歯向かうとは夢にも思っていないので、抵抗する力さえ得て攻撃さえ出来れば、苦戦せずに倒せます。
ちょっぴり退廃的、ゴシックな雰囲気でのバトルとなります。耽美っぽいノリで、操り人形となった状況を楽しみながら行動してみるのも良いかも知れません。それではよろしくお願いします。