風が吹けば、ののこが笑う｜リアクション

風が吹けば、ののこが笑う

　――ご飯か。
　料理について話す四人の横を通り過ぎ、新田亮が考えたのは本日の夕飯のことだった。
　――たまには晩飯のおかずを釣ってみるか。
　亮の家は旧市街の漁港付近にある。釣りも時々するし、穴場もいくつか知っている。
「あ～、新田君なの！」
　今日はどこで釣ろうかと考えていると、前方から高めの声が聞こえてきた。
「ん……橘か」
　大きな目と八重歯が特徴的な橘明里が、たい焼きを手にしていた。
　ついでに言えば、口の周りも甘いものがついていた。
「お前って、街にも出没するんだな」
　同じ一年九組のクラスメイトだが、亮は彼女が時折『ぴぎゃー』と妙な鳴き声をあげることとか、妙な話し方をすることくらいしか知らない。
「たい焼き、食べるですなの？」
　と、明里は食べかけのたい焼きを亮に差し出す。
「――え？」
　暖かな香りが鼻腔をくすぐるが、すんでのところで亮は伸ばしかけた手を止めた。
（待て待て。これじゃ間接キスとかになるだろ。自覚ないのか？）
「……どうせなら頭も付いてるのないのか？」
「ありますのなのよ」
　あるのかよ！
　ツッコミを飲み込んで、紙袋から出されたたい焼きを手にする亮。さっそく口にする。
「ん。サンキュー」
「美味しいものを食べられるのはとってもしあわせなのですなの！」
「まあ、そうだな」
「あかりはみぃんなだいすきだから、明るい笑顔になってくれれば満足なの」
　そう言って、明里は亮の顔をジィっと見てくる。
「……なんだ？」
「あかりはみぃんなだいすきだから、明るい笑顔になってくれれば満足なの」
　再び言って、明里は亮の顔をジイっと見てくる。
「……」
　……これは、笑顔を見せなければ許されないパターンか？
（なんでだよ……）
　しかし、すでに一口頂いているのも事実。その感謝の意は示したい。
　仕方なく、亮は口角を吊り上げて笑顔を無理やり作ろうと――
「ややっ、あれはチョコレートの食べ放題なのなの？　わっほう！」
　しかしその寸前、明里が高らかな声を上げた。
「あかりも参加するのなの～！　あ、これあげるのなの！」
「……なんだったんだ」
　釈然とせず、亮は渡された紙袋をあらためた。
　中にはたい焼きが二匹残っていた。