風が吹けば、ののこが笑う｜リアクション

風が吹けば、ののこが笑う

「これですか？」
　椿美咲紀は風に転がってきた引換券を拾うと、走ってきた碧南に差し出す。
「ありがとうございます！」
　碧南は息を切らしていた。緊張による過呼吸だ。
「おお、十組の羽生さん」
「え？　あ、新聞部の」
　碧南も相手が寝子高の生徒だと気付く。美咲紀は碧南の服装を見た。
「デートですか？」
「え？」
「なんだかとってもいい感じです」
「えーっと……」
　まさか乙女ゲームの発売日だから気合を入れてきました、とは言えない。碧南は曖昧に笑ってごまかす。
「椿さんは買い物？」
「ええ、新年度のスケジュール帳を買おうかと」
　二月のメインイベントはもちろんバレンタイン！――なのだが、美咲紀としては来年度に向けて早め早めに準備するのも大事だと思っている。
「スケジュール帳かぁ」
「学校生活だと、四月始まりのものが使いやすいですし」
「確かにそうね……ちなみにどんな物を使うの？」
「そうですねぇ……にゃんこなデザインの可愛いものが欲しいなぁ」
　付け加えれば、月間予定と週間予定が書けて、週間予定にはメモ帳が付いているものが良い。
「内容も決めてるんだ」
「あると便利ですから。羽生さんは使いませんか？」
「びっしり書き込むことはあまりしないかも。簡単な予定くらいなら」
　今日の購入予定も、カレンダーに簡潔に書き込んだりしている。
「あ！　そろそろ時間だった。ごめん椿さん、私行かなきゃ」
「ではまた学校で」
　碧南と別れ、美咲紀はキャットロードの店へと向かう。
　ちょうど店では春に向けての特設コーナーが設けられていた。並べられた手帳を見ていると、そこで思わぬ伏兵が襲ってきた。
「おろろ」
　寄せ書き用の可愛いノートや、カラフルな色紙である。
　ペンも色々な物が売っている。
（これは、文具好きとしては目に毒ですね……）
　店の悪辣な販売戦略に予定外の出費を迫られる美咲紀。
「……ええ、手帳書くのに使いますし、可愛いので買ってしまいましょう」
　結局、そんな言い訳めいた言葉を口にしながら、ネオンカラーなゲルインキボールペンを手にしてしまった。
「なるほど、手帳か」
「？」
　レジに行こうとしたその時、横合いから声がかけられた。見知った少年だった。
「シュー君じゃないですか！　さては参考書チェックですねっ」
「藪から棒だな」
　八神修は肩をすくめる。
「実際のところは？」
「合ってるよ」
「やっぱり！」
　得意顔の美咲紀。その表情が疑問を浮かべた。
「でも今日、あおいちゃんやののちゃんと料理をすると聞いたような？」
「少し余裕があったから、時間の有効活用さ」
「とか言って、ワクワクしてつい早く出ただけでは？」
　修は澄ました顔で沈黙を貫いた。

「――それで、どうして美咲紀までここに？」
　場所は参考書コーナーに移って、二人の話は続いていた。
「将来を考えればこそ、でしょうか」
　問われた美咲紀は、どこか遠くを見つめるような目をした。
「卒業式ももうすぐなのです。新聞部としても特集を組む案件ですし」
「それは俺も無関係ではないから、分かる」
「先輩いなくなっちゃうんだなぁ……と思うとやっぱり寂しいですし」
「そうだな」
「そして大学受験がより近づいてきているとも……正直、焦るですね」
「そういうことか」
　合点のいった修。軽く笑った。
「今から備えておくのは悪くないことだと思う。よければオススメの参考書探しも手伝うよ」
「おお、心強い！ならお礼にオススメ文具グッズを教えちゃうのです」
　二人は参考書コーナーを歩いて行った。