風が吹けば、ののこが笑う｜リアクション

風が吹けば、ののこが笑う

　亮は釣竿を持って再び家を出ると、決めておいた釣り場へと向かった。
　そして水に垂らしてから約二十分が過ぎた。
　ここまでの成果は期待に反して少なく、十センチの魚が一匹のみ。
　そして――
「む、今微かに竿が動いた」
　手応えに素早く反応し、亮は本日二匹目の獲物を慎重に釣り上げる！
「……」
　期待を込めて上がってきたのは、しかし魚ではなく、ビキニのブラジャーだった。
　セクシータイプである。
　なんでまた……と天を仰いだ。
（海で遊んでる時に外れたのか？　この時期に？）
　亮の頭の中では、手で胸を隠して困っている美女の姿がありありと浮かんだ。
（……イヤイヤ！持ち主は美人とは限らないだろ）
　慌ててそれを打ち消す。しかしながら想像の尾は引いて、彼の頰は寒さとは別に赤らんでいた。
　実に健全な青少年である。
（とにかく回収しよう。海のゴミ掃除も釣り人の務めだ）
　必死に自らにそう言い聞かせ、亮はゲットしたブラジャーを無言で脇に置いた。
　気にすると延々と気になるので、心を無にして目の前の釣りに専念する。

　そのおかげだろうか。
　数分後。
（――来た！）
　大きな引きに竿がしなった。
　踏ん張らねば逆に引きずり込まれそうな勢いに、亮は会心の笑みを浮かべる。
（随分引きが強い！　ろっこんを使うか）
　亮は息を止めた。三倍になった筋力で竿を引き上げ、海中でのたうつ獲物を一気に引き上げる。
　水柱が盛大に噴き上がった
（よし！……って！？）
　巨大な魚だった。二メートル近くはあるだろう。
　しかし腹からは人間のように手足が伸びていて、糸はその片足に絡みついている。
　まるでこの島のマスコット『サンマさん』の別種バージョンだ。
「魚人……？」
「いやー、君は力強いね」
　声からすると中年男性だろうか。逆さ吊りになったマスコットもどきが朗らかに挨拶してくる。
「よっ」
　そして自ら陸に手をつくと寝そべり、足に絡まったリールを外した。
　亮はそれを呆然と眺めていることしかできなかった。
「おや、それ私のビキニだ！」
　おもむろに、魚男が亮の脇に置いてあったビキニを指さす。
「――は？」
　亮の中で、何かが崩れていく。
「失礼ですが……男性ですよね？」
「あはは、そうなんだ。妻には注意されるけど中々辞められなくてね」
（結婚してんの！？）
　というか、ビキニのオッサン魚人なんて誰得だよ。
　笑う魚男を見ているうち、亮は急に疲れを感じてきた。
　――もう関わりたくない。切り上げよう。
　むしろ見なかったことにして、記憶から抹消したい。
「俺釣りに戻りますね。晩飯探してるので」
「じゃあ私は海に戻るか」
　魚なオッサンが海へダイブする。
　はたして彼が人間だったのか、まさかの魚人発見だったのかは、もはやわからない。
「着ぐるみか、もしかしてろっこんか……」
　まあ、いっか。
　気を取り直し、亮は釣りを再開しようする。
　そこで、いつの間にかバケツをひっくり返している猫と目が合った。
「あ」
　唯一の獲物を口にくわえ、猫がダッシュして逃げ出す。
「今日は散々だな……もう帰るか」
　建物の隙間に消えていった盗人にため息をつき、亮は項垂れる。
　そしてもらったたい焼きを食べながら、家に帰るのだった。