バレンタイン・チョコチョコ・キャンペーン｜リアクション

バレンタイン・チョコチョコ・キャンペーン

　慣れた手付きでチョコレートを用意し始める水樹の隣で、チョコレートブラウニーの作り方をスタッフから聞く椿美咲紀の姿があった。
　長い黒髪に三角巾。しっかりとエプロンを纏った彼女はチョコレート作りと共に取材も怠らない。
「それは誰かにプレゼントされるんですか？」
　ボウルに視線を落としながら、隣で説明を聞く水樹に美咲紀は首を傾げる。
　途端に頬を赤らめ「まあね」とだけ返した水樹の反応は新聞部心を擽るような甘酸っぱさを感じさせた。
　このフラグに気づかぬ美咲紀ではない。ゆっくりと近寄った彼女はチョコレートを刻む水樹へと「彼氏さんですか？」と瞳を輝かせる。
　端正な顔立ちに差し込む朱色は白い肌によく映えた。
「ッ―――」
　言葉にもならないほどに『途惑った』彼女は包丁をゆっくりと置いて視線を揺れ動かす。
　幸福そうな雰囲気と共に「そうなのよ」と返されるそれは、甘美な恋の響きを孕んでいた。
「なるほどなるほど！」
「素敵ね！」
　美咲紀を挟んで反対側で、ガトーマジックに挑戦すると、ピンクのニットにチョコレートブラウンのスカートを纏った丹羽紅葉が瞳を輝かせる。
　柔和な笑みは、恋のお話に興味深いと幸福そうに笑みを溢す。
　白いフリルのエプロンと三角巾はまさしく『チョコレート作り女子』の正統派を感じさせるかのようだった。
「素敵ですよね。後日新聞記事にできるかもしれません！」
　調理中にはなかなかカメラを構えることはできないが情報の蓄積には頭があればいい。
　恥ずかし気に視線をそらした水樹に笑みをこぼす美咲紀は次の手順の案内を始めたスタッフへと向き直った。
　目的は、簡単に作れて失敗が少なくてかつバレンタインっぽいものだ。自宅で練習するチョコシフォンケーキのほかにチョコレートブラウニーも攻略できればと懸命な彼女は「こうですかね？」とスタッフに首を傾げた。
「あ、これはこうすれば簡単だそうよ」
　ほら、と慣れた手付きで『簡単』な方法を美咲紀へと伝授する紅葉は柔らかな笑みを崩さない。
（そんなに難しくなさそうでしたけど……ちょっとコツがいるかもしれないですね？）
　重大ポイントよん☆と思わず星も散ってしまうほどに大切な『難しくなさそう』の土台がすこし揺らいだ気がするが、ここで諦めては女が廃る。
「よし、これと、これでどうだ！」
　卵を混ぜ、チョコレートを入れて焼くだけ。簡単な『ガトーショコラ』にチャレンジだと卵を割って懸命に作り始める花厳望春へと「その調子ですよぉ」と美咲紀が笑みを溢す。
　楽し気な彼女とは対照的に、毎年恒例の姉へのプレゼントに何処か疑問を抱き始めた望春はんん、と小さく唸る。
　姉さんたちへのチョコレート。バレンタインの当日に作って適当に渡してもいいが失敗すると嫌だと練習に臨んだが――よく考えればどこかおかしい。
（俺、姉さんたちから何も貰ってない……？）
　望春は可愛らしい風貌をしているがれっきとした男子だ。姉たちは女性である――つまりは、逆なのだ。
　立場が逆転していることに気づいてしまってはどうにも作業の手が止まりかける。
「いや、気にしたらだめなやつだこれ……」
　今はガトーショコラを『簡単・手軽で・美味しく』作業することが先決だろう。
　手際よくとはいかないが、レシピの手順に沿って準備を始める望春の元へとどこかへと姿を消していたののこが「何それー？」と瞳を輝かせ近寄ってくる。
　どうやら、あおいと共に次なるチョコレートの材料を確保しに行っていたのだろう。
「ガトーショコラを作ろうと思って」
「わー！　ガトーショコラッ♪　美味しいよね！」
　きらりと輝く瞳がなんとも幼さを感じさせる。ののことあおいの姿を見つけ、「ののちゃん、あおいちゃん！」と手を振る美咲紀はさっそく敏腕記者ぶりを発揮した。
「誰かにあげる予定、あるの？」
「みんなにいっぱい友チョコだよー！」
　もちろん、寝子高の誇る敏腕記者にもプレゼントだ。その言葉に幸福そうに微笑む美咲紀は「私は同じ部活の人とかに友チョコな感じで用意するよ」と答えた。
　――友チョコ同士でお揃いだぁ、と騒ぐののこは楽し気にくるりと躍った。