バレンタイン・チョコチョコ・キャンペーン｜リアクション

バレンタイン・チョコチョコ・キャンペーン

　２月も初旬――St.Valentineを待ち望んだ少年少女が胸を高鳴らせる。
　ついつい木曜の夜に夜更かしをしてしまったという野々ののこは金曜・土曜の授業を終わらせても未だ眠気から抜け出せないのか小さな欠伸を漏らしている。
「ダメダメ……！」
　ののこのお気に入り番組『Bell tree』を始めとしたヒットメーカーを売り出すｎｋＦＭは24h年中無休でONAIR――気になる番組は他にもたくさんあったのだ。
　ローカルＦＭが開局しているのはシーサイドアウトレットそば。
　寝子島の流行を知るには一番のツールかもしれないとののこは何となく考えながら急ぎ足でシーサイドアウトレットへと向かう。
　モール入口インフォメーションに飾られた『バレンタイン・チョコチョコ・キャンペーン』の文字は彼女を誘うように踊っていた。
「ののこ、こっち！」
　盛況なイベントホールでは七夜あおいや綾辻綾花の姿が見える。
　ツインテールに三角巾姿、気分はショコラティエなあおいに『つくる！　コーナー』でのチョコレート造りに緊張したように綾花が頬を赤く染める。
「やる気十分だね！」
「は、はい。チョコレート……うまく作れるでしょうか」
　その緊張の意味をよく知っているとあおいは意味ありげに口元を緩める。
　ののこは首を傾げているが聡いあおいは友人がどうしてこうも緊張しているのかをしっかりと把握している。
　彼女の思い人――早川珪先生にバレンタインチョコレートを渡す乙女のイベントとして重要な一日と成り得るのだ。
　……ついでを言えば友人であるあおいの事も心配だ。ののこも合わさって謎の『錬金術』でも完成してしまいそうなのだから。
「綾花ちゃん」
　チョコの香りに心を躍らせふらふらと歩きだすののこの背を見つめながら、あおいは綾花の袖をくいと引っ張る。
　乙女の秘密は、乙女同士でそっと打ち明けることだ。
「……うん、珪先生にあげようと思って」
　やっぱり、としたり顔のあおいへと綾花の頬は更に赤みを帯びる。

　バレンタイン・チョコチョコ・キャンペーンは乙女の恋が渦巻くだけではない――その他にだって、男子も心躍るイベントなのだ！
　みんなにチョコレートを配ると意気込むののこの背を見つけた嘉月兔ネヴィアは、その切れ長の瞳を瞬かせる。
　僅かに熱を帯びる碧眼は、親愛なる神様が目の前を歩いている。
（あれは……！！）
　うっとりとした青年の脳裏によぎるのはあの日―――

「バカだなー！　初めから、そう言ってくれればいいのに！」

　馬鹿者め、と幼少の頃に聞いた母性を感じる声。罵ってくれ（のの、しってくれ）の言葉からのすれ違いは案外二人の関係性を『良い』ものにしてくれるのだろう。
　のの、と呼ばれる少しおしゃれな響きが気に入っていると彼の『神様』は記憶の中の母性感じさせる厳しい罵りとは掛け離れた様子で楽し気に闊歩しているではないか。
「のの様！　ああ、それにご友人も一緒ではないか！」
　ノブレス・オブリージュ。高貴なるものは責務があるのだ。それ故に『彼は彼を演じている』筈だが、目的意識はある意味ズレを生じさせていたのだろう。
「おお？　こんにちは！」
「何をしてらっしゃるので？　ややっ！　これは料理………」
　手を振るののこがあおいや綾花の元へと向かい、エプロンを纏うのを見つめながらネヴィアは気づいてしまった。
　否、気づかされてしまったのだ――彼の心の中に燃え滾る熱い思いが気づけとそう、囁くのだから！
（料理……それは蠱惑的な響きだ。熱湯をかけたりあつあつチョコレートを無理やり口に入れられたり……。
　背徳とロマンが重なり混ざり合い極上のスパイスとなる。これはチャンスだ！　向かうはのの様たちのいる『つくる！　コーナー』……！）
　バレンタインデーを待ち望む歪な思いは今、震え始めて居たのだろう……。

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