オニンピック in 魔界｜リアクション

オニンピック in 魔界

●血の池水泳200メートル自由形

　それは普通の５０ｍプールのように見えた。
　ただ一点、水が赤いことを除けば。
「……この水」
（赤くて、何だか病んでいるようにしか見えないわ）
　無口な椎井莉鳥は、心の中でそうつぶやいた。
　
　１０分ほど前のこと。
「ここは……？」
　突然地獄へ飛ばされ、莉鳥は周囲の鬼たちの姿に困惑した。
「さあ、オニンピックの出場競技を選んで」
　わけがわからないままに一覧表を押し付けられる。
「え……と」
　莉鳥は、機嫌がいい時も悪い時も感情が顔に出ることがあまりない。
　そのため取っつき悪そうに見えるが、もう少し愛想良くなりたいと思っていたりする素顔は意外に親切な女の子なのだ。
　気が付けば、なぜか目に飛び込んできたその競技を選んでいた。
『血の池水泳』。
「それじゃ、こっちで着替えて」
　チャらい鬼に水着を押し付けられ更衣室に案内されてしまった。
　仕方なく着替えている時、頭に硬い感触を感じて鏡を見れば、ショートの黒髪から角が生えていた。
（鬼扱いされてしまったのね）
　競泳水着っぽいものに身を包むと、身体にぴっちりと密着した。
　否応なく莉鳥の胸がごくささやかなもの──ちっぱいであることが強調されてしまう。
　莉鳥はスレンダーかつ中性的な印象の美人だ。
　陸上部だからあまり胸が大きくても困る。陸上は女子でもセパレートタイプの露出度が高いウェアを着るので、ある程度視線には慣れているつもりだったが……。
（それでもあまりじろじろ見られたりするのはいい気分じゃないわ）
　更衣室から出た莉鳥は、周囲の視線が気になった。
（……気にしすぎなのかしら）
　気にしていても仕方ない。水に入れば見えはしないのだし、むしろ胸がないほうが水の抵抗は受けないだろう。

　しかし、目の前のプールはもろ血の色だった。
（薄気味悪いな……）
　と思う気持ちは、まったく表情にはでていなかったが。
　今さらやめるわけにもいかない。幸い血の匂いはしなかった。
　莉鳥は他の選手を見やりながら作戦を練る。
　他の鬼たちはあまり女性には見えない体型ではあるが胸板はたくましく、ちっぱいとはいえない選手ばかりなのが悔しい。
（序盤あたりは体力温存のためゆったり泳いで、中盤で少しずつスピードアップ、そして最終的にはラストスパートね）
　自由形は泳ぎ方に制限はないが、通常はクロールだ。
「４コース、寝子島、シイ・リトリ」　
　名前が呼ばれ、莉鳥はスタート台に上がった。
　莉鳥は自分の名前が嫌いだ。
　変な名前だと強いコンプレックスを持っている。
　けれど観客からは特に反応がなく、少し安心した。
　鬼たちの名前が頭に入ってこなかったのは少し緊張していたからだろうか。
　陸上部での種目は走り高跳びだから、速さを競うことには慣れていない。
（大丈夫、試合は似たようなものよ）
　自分に言い聞かせる。

　合図と共に、８人の選手が一斉にスタートを切った。
　鬼たちの泳ぎは力強い。
　序盤ゆったり泳ぐ作戦の莉鳥はたちまち最後尾になった。
　だが離されないように、しっかりとついていく。
　ターンして、中盤からは少しずつスピードアップ。他の選手たちを抜きにかかる。
　いつもよりもスタミナが続く気がした。
　ラストスパート！
　抜き手を切って、足を蹴り。一気に泳ぎ抜ける！
　一人抜き、二人抜き。
　ゴール！
（前に何人いたのかな……赤い色、すぐ落ちるのかしら）
　ゴールした莉鳥はそんなことを考えていた。
　
　幸い赤い水は、肌にはじかれすぐに流れ落ちて色が残ることはなかった。
　銀色のメダルを手に、莉鳥は心地よい疲れと充実感に包まれる。
（このメダル、持ち帰れるのかしら？）
　まあもらえるものは貰っておこう。

「おつかれさま！　水着返したら後は自由に見物してきていいよ」
　チャラい鬼が言った。
　着替えたら適当に応援に回ろう、と莉鳥は思った。
　　
　

このページにイラストを設定する