誰もいない街｜リアクション

誰もいない街

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「あ、ああああそうでした！」
　数秒後、慌てて梢が戻ってきた。標本箱と懐中時計を手にする。
　その目には、傷を負ったような揺らめきがあった。
「……この二つとも、思い出の人はもう天国でしたね」
　窓から外を見る。いつの間にか月が出ていた。
「……でも、心の痛みは、思い出が掛け替えのない証拠！」
　梢は目を閉じた。次に目を開けた時には、純真さに経験と、挑戦する意志のような光が宿っていた。
「それにバイト先や、高級そうな船での写真で一緒に写ってる寝子高の皆も、私にとっては大切なんです。
いつか別れがあるからこそ、皆と生きるんです！」
　梢は背筋を正して、部屋に仁王立ちになった。
「……というわけで、私の復活です！」
　再び月を見る梢。今度は窓も開けた。
「私の大切なもの。それは、私の生きる世界……つまり、私自身！　てか、メモに答えあったじゃないですかー気づいてくださいよ『梢さん』！」
　照れ隠しのようにそう言って、梢はろっこんで蝶に変じた。
　そのまま、空へと駆け上がっていく。

「止まれって、アンバー、止まれ！」
　まもるが叫んで手綱をめちゃくちゃに引っ張ると、アンバーは急停止した。
　振り落とされて呻いたまもるは、激情とともに立ち上がる。
「アンバー、お前！」
　しかし、その鼻をくすぐった香りが、怒る気持ちを瞬時に消した。
「なんだ？　いま懐かしい香りが……」

「なんだこの馬？」
　目の前で急停止した馬にタルトは首をかしげた。見覚えがある気がする。いや、それよりも誰かの気配がしていた。
「うん。その人のおかげで少し思い出したよ。その人、ポニーテールが好きだったんだ。ポニテビンタしたら思い出すかな？」
　すごい理論ではあったが、タルトは信じて疑わなかった。気配に向かってやみくもに自らのポニーテールを振り回してみる。

「い、痛！でもなんか心地よい痛みが！？」
　まもるは変態乙、な悲鳴をあげて、嬉しそうに笑い始めた。
「アンバー、お前はやっぱりオレの愛馬だ！　オレの一番大事なもののところへ導いてくれたんだな？」
　馬は鼻を鳴らした。近づく主人の変態フェイスに迷惑しているのは明らかだった。

「うーん、違ったかな？」
　馬が嫌そうに首を振るのをタルトは眺めていた。手応えはあった。おかげでその人物の名前も思い出せそうだった。
「なんか変な名前の人だったよな……カマ、カマドウマ……じゃないし」
　そこまで言ったタルトは、直後悲鳴をあげた。見えない何かに腕をつかまれて、馬上へと乗せられたのだ。
「ふ、いい香りだ」
　末期症状の顔で、まもるはアンバーを走らせる。
「ちょ、ちょっとどこ行くのー？」
　混乱したタルトが左右に首を振る。その度にポニテビンタされるまもるは、「いい！」とか「最高！」と叫んだ。
「あの月に向かって行くぞ！」
　あとは、見えない『彼女』と愛馬を月に見せればいい。そうまもるは思っていた。
　タルトもまた、よくわからないまま持っていたBL本を取り出した。
　そして近づいてくる月へと向けた。