歌う？踊る？　エンタメやってみた！｜リアクション

歌う？踊る？　エンタメやってみた！

　綴柚枝。コンクールの入賞歴もある腕前のヴァイオリニストだ。
　しかし彼は最近、音楽をクラシックに縛られずに自由に楽しみたいと、エレキヴァイオリンでロックアレンジした曲を演奏するのが好きになり、顔を隠して動画サイトに投稿を続けている。
　その界隈では、トレードマークの仮面から『ペストマスクの人』として知られていた。
　この日はレンタルスタジオのオープニングイベントに出演予定の為、他の出演者と一緒に楽屋につめている。

「おっさんとお袋、間に合わないかもだって、聞いてるのか奏？」
　音春がスマートフォンをポケットにしまいながら、妹を振り返る。
　動画サイトでは柚枝と同じように知られている、天才キッズドラマーの水海道奏は、スチームパンク風の燕尾服とシルクハットのコスチュームを着た柚枝が「一緒にセッションしない？」とそちらを向いた瞬間に、びくっと震えて兄の後ろにそそくさ隠れた。
「すんません。お前失礼だろ。
　動画サイトで見てた時は、この人面白いねとか言ってた癖に——」
「だって本物はなんか……」
　兄の影から出ようとした奏だが、柚枝が一歩前に出ると、兄の背中にぎゅっと巻き付いた。
「こえーッッ！！！　思ってたのと違う！」
　まあ、子供には怖かろう。口元が露出している分、本物のペストマスクよりは柔らかい印象だとしても、悪い夢に出てくるペンギンのようなマスクだ。
　柚枝はふむと考えた。実力は認めているからこそ、やってみたいのだ。
「俺の音に負けちゃうのが怖い？」
　動画サイトで見ていた印象だが、奏は単純に褒めるより少し煽ったほうが、良い音が出る気がしたのだ。
　予想は的中したのか、奏は急に目の前に飛び出し、食い気味で叫んだ。
「やる！！」

　＊　＊　＊　＊　＊

「さぁ、レッツショータイム！」
　柚枝が一曲目として選んだのは有名なクラシック楽曲、『パッヘルベルのカノン』だ。もちろんこれも柚枝流の華やかなアレンジを加える。
（ネオクラシカルメタルアレンジをお届け！）

　続いて二曲目は動画視聴者からのリクエストに応える。
「えー、人気声優の佐野さんのアーティストデビュー曲、アニメ『魔法軍学校の落第王子』のイメージソングで『Red Avenger』——」
　柚枝の紹介が始まるだけで、声優のファンだろうか女性の歓声が上がった。
　メタリックグリーンのエレキヴァイオリンに弓が滑ると、観客は身体を揺らしてノり始める。分かりやすい反応が、演奏者柚枝の気持ちを高めた。
（クラシックを知らなくても、何の曲か知らなくても、皆のハートが揺さぶられて興味を持ってくれるような、そんな演奏になってるといいな）

　最後に奏との特別セッションを行ったが、アドリブ満載で演奏者の二人が観客を盛り上げまくりながら競い合う姿に、一番の歓声が上がった。
　楽屋に戻って満足の息を吐くと、柚枝は奏に微笑みかけた。
「いやあ、『連打姫』と呼ばれるだけはあるね。さっきは煽ってごめん。飴ちゃんあげよう」
「お兄、飴貰った！」
「チョロいなー。お礼しろよ」
　楽屋で待っていた音春に言われて、奏は戻って来ると「有難うございます！」と頭を下げた。
「こちらこそ一緒に演奏してくれて有難う」
　柚枝も礼を述べると、奏は満面の笑みになって話し始める。
「あのね、友達がさっきの曲のベースプレイヤーで——」

　シーサイドタウンに新しいレンタルスタジオがオープンしたこの日は、寝子島の中で、音楽が繋ぐ輪がまた一つ大きくなって行く一日だった。
　

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