歌う？踊る？　エンタメやってみた！｜リアクション

歌う？踊る？　エンタメやってみた！

　泉に呼ばれて部屋に入った誉がピアノの椅子を調節していると、馬桐が爛々と目を輝かせて見つめてくる。
「何やります？　ジャズ？」
「『Red Avenger』。例のマホラクの曲やってみたいんだ。大分ポップス寄りだけど、もうちょっとロックっぽく。
　あの曲、好きなんだよな。弾くのは初めてだけど」
　誉が言うと、音春がスネアをタタンと鳴らして首を回した。
「インプロしまくりでい？　俺あんま聴いてねーやあれ。日本橋君の演奏聴きに行った時の記憶も曖昧なんだわ」
「帰りに日本橋先輩がイーリャ先輩に手を出したので全部上書きされましたよね」
「え！？」
　馬桐から吐かれた衝撃的な言葉に、誉が思わず声漏らすと、同時にイリヤが持っていたものを全て床にぶちまけた。
「ち、違う。あれは、僕が、だから、かっこいいねって言って、そしたら、泉は、冗談で、挨拶で！」
「俺はチェルシー出身だ、冗談でそんなことしない」
「だって結婚」
「冗談じゃないから、真面目に考える」
「ぅぅぅあああああああ死んじゃう！！！　リーセ、レーナ、僕結婚します！」
「だから考えさせてよ」
　完全に取り乱したイリヤが地面をバンバン叩くのを、誉が固まって見ていると、竹高が静かに言った。
「先輩ってその芸術家だし、なんて言うか……、BLって本当にあるんだなって思いました」
「う、うん」
「さっさと演りましょうよ」
　爆弾投下をした馬桐がその場を淡々と片付けて、演奏が始まった。

　セッションの経験がそれ程無かった誉の中に、心地よい緊張感とワクワクが生まれていた。
　それは会話のようで、殴り合いのようでもある。
　元々４人のバンド活動は目指しているものすらないバラバラなものらしい。
　泉にとってはプロ同士では本音では話せない——例えば下手な奴に『あんたドヘタクソですね』などと言えない——から、対等な相手との演奏がしたいだけ。
　音春にとっては家族や知り合いに聞かれずに好き勝手やりたいから。
　馬桐にとっては自分の培った技術を磨いて生かしたい。
　竹高は楽器と合奏を楽しんでいる段階のようだ。
（異種格闘技なカンジだな。どんどんフェイクを入れて行こう。
　やり過ぎたら音が空中分解してしまう可能性もあるけれど……きっと付いてきてくれるよな？）
　誉が入れた合図の音に、泉の視線がこちらを向いた。挑発的な目を向けると、口の端が了解と上がる。
　バンドリーダーの鳴らす音とリズムを、３人は理解して乗っかってきた。
　誉のアレンジで一定だったメロディのテンポが自由になり始めたが、音春はアフタービートをためて合わせ、竹高もそのリズムと泉の音に集中しているようだ。
　馬桐が色を増やしてくれるので、誉の指はその上で転げ回った。
（ここからリット……で）
　誉がちらりとフロントを見ると、竹高が軽く飛んだ。
　ブレイクタイム。
　静まり返って緊張感をたっぷりの高めた瞬間、竹高の動きでまた音がかき鳴らされた。
　
「あー楽しかった……！」
　うっすら浮かんだ汗をぬぐって、皆へ礼を述べた。
「イリヤどうたった？」
「すごかったです！　息ぴったりで、皆とってもかっこよくて——」
　誉が聞きたかった感想は、最後まで分からなかった。泉が突然イリヤに抱きついて振り回し出したのだ。
「さっきも言ったけど、あの人良い演奏出来た時、テンション上がって奇行に走る」
「ヒくわ。最高だったんでしょうけど、ドンビキだわ。……まあ俺も最高でした」
「すげーっす誉さん！　感動しました！」　
　竹高の——と言うより３人のキラキラした目へ誉は微笑んだ。
　ピアノ一筋でやってきた自分が、他の楽器も習ってみたくなる魅力。そして合奏でしか味わえない特別な高揚感は、簡単に忘れられるものではない。
「ああ、またやろう」
　

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