歌う？踊る？　エンタメやってみた！｜リアクション

歌う？踊る？　エンタメやってみた！

　『表現したいアナタへ！』

　チラシに踊る文面を無感動に眺めて、絢はため息をついていた。
（私にとって、表現ってなんだろう——）
　世間一般に言えば、絢は表現者の一人に入る筈だ。高校で所属する学科は芸術科、演劇活動も行っている。
　以前の表現手法は写真だったのに。高名な写真家だった父の影響で、けれど父が母の没後にアシスタントの女性と再婚したことで、写真はやめてしまった。
　それは家に居づらくなって寝子島に来る程、彼女にとって衝撃的な出来事だった。
（なのに完全に捨てきれないでいる。演劇にも打ち込めなくて……）
　台本を開いても目が滑っていく、言葉の意味を考えなければならない筈なのに、心が答えてくれない。何も響かない。
　自分の演じる役だけでなく、書かれていること全てが、まるで他人事のようだ。
（あれもこれも出来なくて、私ってなんかもう……ぐちゃぐちゃね）

　そんな状態でも、表現したいアナタへという言葉が突き刺さって棘のように抜けず、絢はささくれた心を引きずりながらスタジオへやってきていた。
（見学にきただけよ）
　そう自分に言い訳しながら館内を適当にぶらついていると、鼓膜に響く低音が聞こえてきた。
（音楽の演奏……じゃなくてダンスレッスンか）
　部屋の入り口を見ていると、後ろから「お先にどうぞ」と笑顔で促される。
「あ、は、はい」
　靴を脱いで入室し暫くぼんやりしていた絢だが、
「はーい、まずストレッチからー」
　と、音楽が切り替えられてはっと扉を振り返った。すでにそこは閉めきられ、レッスンが始まっている様子だ。
　絢がアワアワと焦り始めると、講師の女性が「体験さん？」と営業スマイルを超えるエンターテイナースマイルを向けてきた。
「後ろにある靴でサイズ合うものを履いて、そのままストレッチ入ってくださーい」
「は……い？」
　絢は曖昧に返事をしながら、言われるままに靴を履いて、ストレッチの輪の中に入っていった。

（なんて酷い私のお断りスキルの低さ……）
　自分に呆れながら、絢はダンスレッスンを受けていた。
　動きはぎこちなく、リズムにも乗れない。鏡を見ると怪しい動きをする自分が映って惨めな気分になったが、次第にそこに何かを見つけ始める。
（身体表現、意外に自分に合っているかもしれない。演劇も身体表現だものね）
　前衛的な、多くは地下劇場などで披露されている演劇は、ほぼモダンダンスのようなものもある。
　演劇との共通項を見つけて、楽しくなっていた時、講師がパンッと両手を打ち合わせた。
「それじゃあお待ちかねーっ、ステージで発表してみましょう！」
　
　絢はそのままレッスン生たちと最上階へ上がり、ステージでの激しいロックダンスの発表に参加した。演劇でするようにトランスした状態で。
（無謀なのは百も承知だし自己満足もいいところだが、今の自分を叩きつけたい！）
　激情が表現として弾けた時、絢のなかで何かが変わった音がした。

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