被服室、百年机の暗号｜リアクション

被服室、百年机の暗号

●プロローグ

　まだ明らかにすることのできない学内某所。
　窓から差し込む夕暮れの橙色。
　それによってできた薄暗がりの中に。
　自称魔女、相楽茉莉花は佇んでいた。
　目を閉じて、４ｘ４の文字列を思い浮かべる。

　　マエタエ
　　ステミオ
　　セプウキ
　　イハエリ

　それは、１年３組の家庭科の授業中のこと。
　家庭科担当の女性教諭でありクラス担任でもある白沢絢子が話題にした「被服室百年机の暗号」。茉莉花はその授業を受けていた。
　ふむ……、と鼻を鳴らす。
　一定順で辿る？　否、４ｘ４を使い切る形で意味のある文章が出来ない。
　ローマ字変換？　MA･E･TA･E……、否、特に意味がないようだ。
　このアルファベットを入れ替えて意味を見出すアナグラム……これも否か。逆読みでもだめだな。
　かつて、深く自身に沈み込む時代があり、それを機にオカルトやミステリの世界に親しんできた茉莉花だった。オカルトもミステリも、暗号とは縁が深い。その頭脳に蓄えた知識を元に、次々に暗号解読法を試してゆく。
　そして……。

　くすくす、くすくす。
　密やかな笑い声に、茉莉花は目を上げる。
　茉莉花が宝の在り処と目星をつけた場所を取り囲むように、三つの人影が現れた。
「一番乗りぃー」
　そういったのは、一人目、屋敷野梢。
「同着ですよ、同着」
　目を細めて笑うのは、二人目、加瀬礼二。
「残念、僕たちは二番手のようだよ」
　三人目、宮野雷子は薄暗がりの中のクラスメイトに気づき、声をかける。
「一番乗りは相楽さんかな？」
「ということは、もう宝は相楽さんの手の中というわけですかぁ」
　さして残念でもなさそうに礼二がいう。
「いや……」
　茉莉花は薄暗がりから応える。
「暗号の解はわかった。だが宝には触れていない。興味もない」
「なら、ここで何してるんです」
「見ていただけだ。ごく個人的な好奇心で、ね」
　ふうん、と礼二は目を細める。
「そういうことならー！」
　梢がこぶしを振り上げた。
「いざ！　お宝を拝見いたしましょー！」
　ところが、意気込む梢の肩を礼二と雷子がぽんぽん、と叩いた。
「な、なんですかー？」
「まあ待ってくださいよ。その展開は面白くないでしょう」
「そうそう。まだ、暗号は出回ったばかり。これから次々解けた人がここに来るよ。先に着いた僕たちがすることって、ひとつじゃない？」
「気が合いますね」
「そりゃ……ね！」
　悪戯クラブ「Ms.Joker」で付き合いのある礼二と雷子は、二人だけに見えるようにジョーカーのカードをかざしあう。彼らはそれだけで通じ合えるのだ。
「さて、ここにこんなものがあるんですがねぇ」
　礼二は胸元から、さも古そうな一通の手紙を取り出した。それは美術科の彼が絵の具などで細工して古めかしく見せた偽物である。
「屋敷野さん、僕らの計画に一枚噛まない？」と雷子。
「悪戯、ですかー？」
　唇の端に悪巧みを乗せて笑う礼二と雷子に、梢は同じ笑みをもって答える。
「おもしろそーですね！　暇ですし、お手伝いしまーす！」
「相楽さんは？」
「私は遠慮しておこう。秘密は漏らさぬから安心したまえ」　
「それはご配慮痛み入ります。それでは……」
　礼二はにやり、と笑みを浮かべる。
「作戦会議といきましょうかね」

　楽しげに頭を突き合わせはじめた三人をしり目に、茉莉花はその場を後にする。
　どういう者が宝欲しさに向かってくるのかと思っていたが……。
　なるほど、こういう輩がやってくるのか、と。

このページにイラストを設定する