モノローグの空｜リアクション

モノローグの空

【勅使河原悠の場合】

　……ああ。良いお天気。抜けるような、とか言うのかな。吸い込まれちゃいそうな、綺麗な青空。
　お店の前に溜まった砂埃や吸殻、いくつか落ちてる小さなゴミを、箒で掃き集めてチリトリへ。別に言い付けられたお仕事というわけじゃなくて、ただ、たまにはお手伝いをしようかなって。下宿させてもらって、色々お世話を焼いてもらって……少しは、恩返しがしたいですから。
　だから、いつもそうしているわけじゃないんだけど。今日はたまたま、偶然みたいです。
「やあ。勅使河原じゃないか」
「っ？」
　びっくりしちゃった。気づいたら、後ろに永田先生がいつもの着流し姿で立っていて、あの優しい目で、私を見つめていました。
「えっ、と……な、永田、先生。あの……こ、こんにちは」
「ああ、こんにちは。下宿先のお手伝いというところかい？　うん、良い心がけだ」
「い、いえ、あの……掃除くらい、大したことない、です……し」
　言いながら、どこか胸のあたりが、ぽかぽか暖かくなるような気がしました。ただでさえ良い天気で、良い気分なのに。
　永田先生は、好きです……あ、もちろん、恋愛的な意味じゃないですけど。優しくて頼りがいがあって、お話していると楽しくて。良い先生だなぁって思います。ふふ、時々少しイジワルなのも、何だか楽しいし。
　だから、こうやって学校の外で会えるの、ちょっと嬉しい。
「っ、あ……永田先生、煙草、ですか？」
「そうなんだ。店、もう開いてるかい」
「は、はい。えっと……あの。ど、どうぞ……い、いらっしゃい、ませ」
　足元に溜まったゴミを急いでチリトリに入れてしまって、手のひらでお店の入り口を指したら、先生は、ありがとう。と笑いながらお礼を言って、お店の中へ入っていきました。
　ふう。突然だったから、ちょっとびっくり。緊張しちゃった。
　……あ。私服、私。見られちゃった……わぁ、何だか今さら、恥ずかしくなってきちゃった……！

　そういえば。学校の外で会ったこと、前にも何度かありました。大晦日の日とか……旧市街の、確か……そう、あの古書喫茶でも。
　永田先生は優しくて、生徒には人気があるし、きっとみんなも先生が好きだと思います。でも、こうやって校外で会えて、お話できて……少しだけ、優越感。感じちゃうかも。
　お店の扉が開いて、ありがとうございました。また来るよ、ありがとう。そんなやり取りが聞こえて、先生が出てきました。
「やっぱり、『檀屋』はありがたいな。刻み煙草なんて、そのへんじゃなかなか手に入らないものな」
　先生はうちのお店がお気に入りで、時々足を運んでくれているみたい。それがまた、嬉しいんです。
「よ、良かったです……」
「おまけに勅使河原が、こうして店先を綺麗にしてくれているから、俺は実に清々しい気分で帰ることができるわけだ。いや、ありがたい」
「そ、そ、そんなこと。私、大したことしてない、ですし……あっあの、私なんかにそんな風に言われたら、もったいない、って……その」
　あ。先生、にやー、って笑ってる。ずるい、そんなこと言われて、私が慌てちゃうの、知ってるくせに。
　……でも……やっぱりこういうの、嬉しい。
「はは、本当のことさ。それじゃあまたな、勅使河原」
「あ……はい。あの……さようなら、永田先生」
「ああ、また学校でな」
　ひらりと手を振って、先生は帰っていきました。
　青い空の下を悠々と、颯爽と歩いていく永田先生の姿は、とっても大人で……素敵でした。