モノローグの空｜リアクション

モノローグの空

【仙藤紫の場合】

　あと少し……ね。こうやって後輩の面倒を見るのも、着慣れた寝子高の競泳水着を着ることも。水泳部員として感じる、この寝子島スポーツセンターのプールの冷たさ、水の匂いに浸ることも。
　あの日を区切りに、私の高校での水泳生活は終わりを迎えた。あれが私の、高校最後の試合……我ながら、最高の終わりかただったわね。
　物思いに耽りながら、あちこちで響く水音に耳を傾けて、プールを見回す。
「みんな、しっかりね。今日は私が、まゆ先生の代わりなんだから」
　プレッシャーをかけるつもりはないから、少し緩めを意識して声をかけたら、はーい！　と揃って大きな返事。みんな元気ね。
　私の部活は終わったけど、今でも気が向いた時にはここへ泳ぎに来ているし、まゆ先生に頼まれたなら、こうして後輩たちの練習を監督するのもいい。
　あら。あの子、クロールが苦手だったのに、すごく上達したわね。これから伸びていきそう。あの子は少し伸び悩んでるけど、それでも前よりスピードは出てる……次の試合は期待できそうだわ。ああ、あっちの子は……。
　なんて。私、案外、指導者としてもやっていけるかしら？　無理かしらね、集中すると時々周りが見えなくなっちゃうことがあるし。
　でも……悪くないわね。こういうのも。

　あの子は、新入部員だったわね。初々しい泳ぎ。少し危なっかしくて、でも何にも縛られない、自由な泳ぎ……。
　そんな後輩の泳ぎを見つめていたら、不意に、昔を思い出した。私がまだ、小学５年生だった頃。水泳を始めた、あの頃のこと。
　きっかけは、ひどくつまらないことだった。水泳の授業でプールに入った時、同級生の女の子との間で持ち上がった、ちっぽけな勝負。ほんのちょっとした、子供らしい意地の張り合い……どっちのほうが速く、プールの端っこまで泳げる？　だなんて。
　結局、どちらが勝ったんだったかしらね？
　今では結果もあやふやなくらいの、些細な勝負だったけど。私はきっと、未だにその続きをしているのかも。だってあの時には、こうして今でも泳ぎを続けているなんて、思いもしなかったから。
　あの子は……今でも、泳いでいるかしら。私と同じように、いつまでも終わらない、あの楽しい勝負を続けているかしら。
　そうであって欲しい。そんな風に思ったところで、私は懐かしい思い出に浸るあまり、自分がいつの間にか微笑んでいることに気が付いた。

　何だか気が向いたから、自分も少し泳ぐことにする。監督という立場だけど、少しくらいは良いわよね。
　クロール。背泳ぎ、平泳ぎ。泳ぎ方を変えながら、時にはゆっくりと、時には思い切り水をかいて、気ままに泳ぐ。
　水音に紛れて、綺麗……なんて、後輩たちの声が聞こえてきた。あら……何だか注目されてるみたい？　そんなつもりは無かったけど、こんなのだって、悪くは無いかもね。
　１００メートルほど泳いで、プールから上がる。何だか惚けたような後輩たちの視線に晒されたから、笑って手を振ったら、みんな慌てて練習に戻っていった。何だか、可笑しい。
　ふう……泳ぐのはやっぱり、気持ちがいい。
　そういえば、最後の試合の日、競り合ったあの子にも尋ねられたわね。『大学でも、水泳を続けられますか？』って。
　もちろん。だって私はこの水の感触から、この先ずっと、逃れられそうにないから。
　これからもずうっと、続いていくのよ。あの終わらない、懐かしい夏の勝負は、これからも。