モノローグの空｜リアクション

モノローグの空

【七峯亨の場合】

　まずは小刻み、軽く、素早く。左右、左と間髪入れず拳を打ち込み、強めのストレート。ぎし、と吊り金具が軋み、サンドバッグの揺れが大きくなってきたところで、徐々に大振り。ボディ、フック、ローからミドル、ハイへと蹴り上げ、続けざまにアッパーカット。背中向けて反転、勢いをつけた回し蹴りをぶち込みバッグがひときわ大きく揺れたところへ、
「っおおおッ！！」
　締めは全力、上段への回し蹴り。良い手応え、気持ちいい音が響いて、サンドバッグは振り切れて吹っ飛ぶかってくらい、振り子のように弾んで揺れた。
　っふう！　こんなもんか。
　休みの日といっても、ただ休むんじゃあ身体が鈍っちまう。だからこの寝子島スポーツセンターみたいな、思い切り身体を動かせる場所があるのはありがたい。
　暑……汗かいたな。身体も暖まって、いい感じだ。
　タオルで身体拭きながら、まだ揺れてるサンドバッグを眺めて思う。
「ふむ」
　思いっきりこいつをぶん殴る感触は、もちろん悪くないんだが。もっと鋭く、もっと重く。技のひとつひとつを繰り出せないもんだろうか……？
　いやまあ別に、格闘家になろうなんてつもりは、さらさら無いんだが。

　ただ身体が縮むだけ、それだけのろっこんだ。そいつに俺は、何度も助けられてきた。強敵との戦いはもちろん……おかげでいろいろ、イイ目を見たこともあったかな？　ま、踏み潰されそうになったこともあったが。
　そもそも本来の『縮身』は、あくまで潜入、脱出用ってところ。戦いにゃ向いてねぇ。相手が勝利を疑いようのない体格差、質量差を見せつけて油断を誘い、圧潰寸前、活路を開く。今までは、そんなペテンが通ってただけ。それだけだ。運も良かったんだろう。
　だが、これからは違う。
　俺の能力は、進化した。縮めば縮むほどに強化される身体能力……その資本となるのは、あくまで俺の肉体だ。つまりこれまでの策略やらペテンやらに加えて、日頃の鍛錬が物を言うってわけだ。この力を本当の意味で活かすなら、そりゃあもう、武人の如き弛まぬ精進ってやつが必要だろう。並大抵じゃ叶わねぇ。
　ま、天井が上がった分、能力に俺自身を追い付ける必要があるのは、当然のこと。せっかくの授かりもんだ、持ち腐れさせたってんじゃもったいねぇ……気合も入るってもんだろ？

　両手足にウェイトを５ｋｇずつ、計２０ｋｇ。ぐ、ちょいとキツイか……？　腕を上げただけで息が弾み、ステップを踏むと拭った汗がもう一度吹き出した。
　だが、俺はもう、立ち止まっていられない。
「……ふんッ！」
　無理矢理腕を持ち上げ、渾身の力で突く。足を蹴り上げて、サンドバッグへ叩き込む。へろへろの情けない様だけど、構いやしない。
　ひたすらにサンドバッグを打ってたら、数分足らずで膝が落ちた。小休止。息を整えたらもう一度立ち上がって、ひたすら打つ。
　そんな無茶を数十分も続けた後に、ウェイトを外して再び打ち込み。ん、イイ音だ。さっきとの違いは歴然、効果はありそうだ。
　全開飛ばして、そのまま限界が来るまで打ち続けていたら、唐突に身体がぐにゃりと曲がって、気付くと俺は床にぶっ倒れてた。腰は立たないし、手足がぴくりとも動きやしない。さすがにムリしすぎたか。
「はは……」
　疲れすぎて、乾いた笑いが漏れた。
　こりゃ、あれだな。鍛錬の相方が必要だな。こういう時にお互い助け合ったり、スパーリングしたり、無茶しそうなら止めてくれたり。そんなパートナーがさ。
　そんな誰かを思い浮かべながら、急激に襲って来た気持ちいい眠気へ、俺は笑って意識を手渡してやった。