モノローグの空｜リアクション

モノローグの空

【来島アカリの場合】

　演技するのは、好きだ。父さんに、少しでも近づけるような気がするから。
　舞台の上の父さんに、憧れた。いつもはあんなに優しい父さんが、テレビの画面や舞台の上だと、あんなに……かっこいいヒーローにも、ずる賢い悪人にもなっちゃうんだ。たったひとりで、何にでもなれちゃう父さんに、俺、いつも憧れてた。
　そんな風に父さんを、ずっと見てきたけど……小さい頃の俺は、泣き虫で、人見知りの怖がりで……ひとりじゃ何にもできない子どもだった。だから、かな。いつからか、父さんみたいになりたい、って思い始めたの。
　泣き虫で人見知りでダメな俺でも、お芝居の中でなら、何にでもなれるんじゃないか……って。ヒーローにだって、悪人にだって、なれちゃうんじゃないかって。
　父さんみたいな演技ができるようになりたい。父さんみたいになりたい……ずっと、そう思ってた。だから俺も、演技を始めて……。
　だから、なのかな。

「俺らしさ……って、なんなんだろーな……」
　自分でもそんな気はしてた。最近、伸び悩んでるよな……って。先生、言ってたな……もっと君らしさを出して！　って……何が足りないんだろ。今の俺には。
　父さんみたいになりたくて、演劇を始めたけど……それじゃ、ダメなのかな。
　父さんみたいには、なれないのかな。俺……。
「…………あ」
　それが……ダメなのかな？
　父さんみたいに、って。そういえば俺、そればっかり……かも。それが、ダメなのかな。
　俺らしさ。自分らしさ。それって、何なんだろ。どういうことなんだろ。
　玄関のほうから、父さんが帰ってきたらしい声が聞こえて、はっとして顔を上げたら、窓の外はもう真っ暗。ずいぶんそうやって、悩んでたみたいだ。
　うわ……月が綺麗だ。星まで見える。
　俺らしさ。自分らしさ。
「……よし」
　しばらく月を眺めながら、もう少し悩んで、考えて。それから父さんと母さんに、話をすることに決めた。
　俺にはきっと、これしかないって。そう思ったんだ。

　……思ったより、あっさりしてたな……母さんはそれでも、何か言いたげだったけど。
　ひとり暮らししようって、そう決めた。父さんは憧れだけど、それだけじゃきっと、ダメなんだ。俺だけの、自分だけの経験っていうのが必要なんだ。
　ふたりは条件付きで、許してくれた。父さんは、それが本当に俺の決めたことなら……って。そう言ってくれた。嬉しかった、な。
　でも……。
「……どうしよっかな」
　東京の劇団。昔父さんが所属してた……テレビの中で、舞台の上で良く見てた、あの劇団。そこに入りなさいって、父さんは言った。自分の目で見て、外の世界を学んで、たくさん経験してきなさいって……良い条件だよ、な？　俺にとって。願ってもないことだって、そう思う。
　……東京……かぁ。
　きっと向こうでも、良い出会いがあって、友だちもできて。刺激を受けたり、バカ騒ぎしたり……もちろん練習は大変だろうけど、楽しいこともたくさんあるんだろうな、って。でも……この島でも、友だちできて。バカ騒ぎして、刺激受けて……。
「むー、どうしよっかな……！」
　椅子にぎしってもたれたら、また窓の外の月が目に付いた。
　ん……そうだ。そうだよな。
　月を見ながら、考えよう。悩んで悩んで、そして決めよう。まだまだたっぷり、時間はあるはずだから。
　それでも、一歩は踏み出せた。そう思ったら、
「……うん」
　肩と心は、何だか少し、軽くなった。