猫が降る日｜リアクション

猫が降る日

　川べりに横たわり、日暮ねむるが欠伸をしたときだった。

「？！」
　
　ボッスゥッ！！！
　
　腹に強烈な衝撃が走った。
　あまりの重みに、欠伸どころか完全に目の覚めたねむるは、腹の上に居座る物体に目を見開く。

「……ねこ？」

　腹の上に猫がいる。
　見知らぬ猫だ。
　まるで腹の上が定位置ですとでも言いたげに、どうどうと鎮座ましましてる。

「って、竿揺れてんじゃん！」

　腹の上の猫をわきに降ろし、ねむるはセットしておいた釣竿を握り締める。
　猫又川を漂っていたルアーが川の中にとぷんと潜った。
　とたんに強く引っ張られ、ねむるは釣竿を握る両手に力を込める。
　くるくるとリールが回り、勢い良く釣り糸が引っ張られる。
　
　これは、でかいか？！

　くっと奥歯に力を込め、ねむるは負けじとリールを巻き取る。
　どのくらい攻防していただろう。
　ついに魚が根負けして、猫又川の上に姿を現した。

「おぉ～、でっかい鯉だね！」

　釣れたばかりの鯉は、ぴちぴちと元気に暴れている。

「いや～、君が起こしてくれたおかげでボウズにならなくて済んだよ。ささどうぞ、食べて食べて」

　たったいま取れた鯉を、ねむるはジト目の猫に差し出してみる。　
　用意しておいた水筒から水をコップに注ぎ、猫に差し出す。
　猫は「ふぅん？」とでも言いたげに、ちょこっと警戒しつつも水を飲みだした。

　……流石に、焼き魚には今は出来ないんだよね。

　ぴちぴちと元気だった鯉は、そろそろくったりしている。
　焼き魚にしたら美味しいだろうけれど、川にバーベキューセットは流石に持ってきていない。
　まぁ、相手は野良猫。
　生でも美味しく食べてくれるだろう。
　ねむるはポケットから缶珈琲を出すと、ぷしゅっとプルタブを開けた。

◇◇

　……ついてきてるなぁ。

　てくてく、てくてく。
　釣り道具を担いで帰路に着くねむるのあとを、あの猫がついてくる。
　ねむるがくるっと振り返ると、ぴたっと止まる。
　まるで、だるまさんが転んだのよう。

　……話してきかせるかな。

　ねむるは立ち止まっている猫に近づく。
　じっと見上げてくる猫の前に座り込み、目線を合わせる。

「ついて来ちゃ駄目だ」

　短い言葉に、思いを込める。
　ねむるの黒い瞳の中に、猫の姿が映りこむ。
　なんとも、悲しげな色合いだ。

　ねむるは軽く目を閉じて、今度は振り返らずに家に向かった。

◇◇

　ボッスゥッ！！！

「がはっ！　……ってあれ、この感覚。まさか……」

　ねむるは、ベットの上で目を見開く。
　いる。
　おなかの上になんかいる！

「お前、どうやって入ってきたんだ？」
　
　昨日の猫が、ねむるのお腹の上で「定位置です」といわんばかりに居座っている。
　どうやっても、出て行く気配、まったくなし。

　……毎朝、こうやって俺を起こすつもりじゃないよね。

　ねむるからまったく離れる気配の無い猫は、腹の上で堂々とふんぞり返っている。
　不可抗力だ。
　これはそう、不可抗力なんだ。
　この猫がねむるを起こしにくるのは、猫の自由で猫の勝手で。

　……もう、いいのかな。この子とも一緒に暮らしてみて、いい？

　ねむるは心の中で呟いて、腹の上の猫の頭をすっと撫でた。　

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