プロムナードの夜｜リアクション

プロムナードの夜

　この晩何人目の客だろう。いま、白石妙子（しのぶ）がまみ子とともに付いたテーブルには、社会人三年目くらいの若い客がひとりで来ている。
「へー、まみ子ちゃんって、最近のバイカーも追ってるの？」
　言いながら客は、紳士服量販店で買ったとおぼしきネクタイを緩めていた。
「うん、もうバッチリ☆　今のヒロインのコスプレもする予定なんだから♪」
「さすがだなぁ。たしかにあのキャラ、いいよね」
　バイカーというのは『覆面バイカー』というテレビの特撮ヒーロー番組のことである。長くやっているシリーズなので、タイトルだけなら大抵の人が知っている。客とまみ子は、しばらくそのヒーローの話で盛り上がった。
「しのぶさんは？」
　客が、ビール瓶をさしかけながら妙子に話しかけてきた。妙子はグラスを両手で出しつつ、
「あ、私、お酒はあまり……え、少しだけ……なら」
　と、注いでもらう。お酒自体は好きなのだが、あまり強いほうではないのでもう妙子の顔は赤かった。仕事中に乱れてしまったら困るので、舐めるように少しずつ飲む。
「それでさ、しのぶさんも、覆面バイカーってわかる？」
　客はかなり酔っているようで、目の焦点があっていない。
「少しはわかりますけど……子どもが、……いえ、なんでもありません！」
　慌ててごまかした。
　さすがに子どもがいるなんて、言えない。
　ところがそれをどう聞き違えたか、突然客は目を怒らせたのである。
「俺、子どもじゃねーぞ！　バイカー好きだけど、あれは正統派アクションドラマとしてだなぁ！」
　などと声を上げて腰を浮かせかけた。酒の混じった熱い息を吐き出す。
　――わっ！
　反射的に妙子は身をかばうような動作をしたが、それ以上のことは起こらなかった。
「わかってるよー♪　特撮って大人の目で見ると、また違った楽しさがあるもんねー♪」
　するりと客の肩に腕を回し、まみ子が明るく彼の耳に顔を寄せたのである。そうして彼女は、
「大きくなってもバイカーの良さがわかる男の人って、好きだな」
　ぐっと色っぽく、ささやくように告げた。
　すると飴で作った棒のように、くにゃりと客はソファに戻ったのである。
「だよねー！　まみ子ちゃん、わかってくれて嬉しいよ～」
「そうですよ、子どもの心を失わない大人って、いいと思います！」
　すぐに妙子もフォローして、その場は、事なきを得た。
　結局、若いその客はご機嫌で店を去ったのである。
　バックヤードに戻ってから、妙子はまみ子に深々と頭を下げた。
「すいませんでしたっ！　私……」
「何が？　……あ、もしかしてさっきの客が怒鳴ったことー？　いいって、気にしないで。しのぶちゃん何も悪くないしー。まあ、こんなことしょっちゅうだからー」
　まみ子はアハハと笑って、また煙草に火を付けた。そういえば彼女は、客の前では絶対に吸わない。勧められても「まみちゃん、タバコきらーい」などと言っているのだから大違いである。
「結構いんのよねー、キャバ嬢相手なら理不尽にキレていい、って思ってる奴……ま、でも許してやってよ。あの客だって、昼間はパワハラ上司にガミガミ怒鳴られてる毎日かもしんないじゃん？　あれくらい可愛いもんよ」
　まみ子は煙を吐き出した。よく見ると少し、疲れた笑顔だった。
「まみ子さんって……」
「まみちゃんで良いってば」
「あ、じゃあ、まみちゃんって……立派なんですね」
「よしてよ。あたしからすれば、しのぶちゃんこそ立派だと思うな」
　意外なことを言われ妙子は目を丸くする。
「え？　私が？　どうして？」
「だって今日、来たくもなかったのに体験入店させられたんでしょ？」
「なんで知ってるんですか！？」
　正直だなー、とまみ子は含み笑いした。
「いや、知らない知らない。なんとなくそう思っただけ。結構そういう子っているからね、わかるんだ。本当は辞めたいのに、嬢続けてる人もいるし」
　今の店で言えば夕顔さんとかかなぁ、とまみ子は言って、煙草の灰を落とした。
「なのに一生懸命キャバ嬢やろうとしてるんだから、立派だよ」
「ええと、その……」
　妙子は、口がきけなかった。
　そのときまた指名がかかった。するとたちまち、まみ子はまみ子に還るのである。
「さ、行こうよ♪　そろそろ上がりだね」
　今までこういうお仕事に偏見持ってたみたい――まみ子の細い背を追いながら妙子は思う。
　こういう場を必要としている人たちだっているのだ。それは決して、悪いことではない。
　――旦那や子どもには、こういうお店じゃなく家が安らぎの場所になるといいんだけど。
　さあ、もうあとひと頑張りだ。

このページにイラストを設定する

プロムナードの夜

シナリオ

シナリオデータ

シナリオスケジュール

参加キャラクター一覧