あの桃色髪の少女について、浅葱 あやめは、そう多くを知っているわけではありません。ただ、以前に見せられた、あの心抉る悪夢や、冷たい監獄で演じた大脱走劇が、どうやら彼女が司会を務めた番組の一部であったらしいことを、後々に知ったくらいです。
（偽りの自分は……そう長くは続かない）
　どこか、近しい存在であるのだと。あやめは彼女を、そのように感じたのかもしれません。
（けれど、それもまた、本当の貴女であるのなら。いつか……光は、貴女を照らすでしょう）
　決して、他人事では無いのだと。
　同情の念は、やがて巡り巡って自身の境遇と、他でもない今へと向かい、あやめは変わります。文字通りに、変身するのです。うっとおしく垂れた前髪を上げ、野暮ったい服はおろしたてのタキシードへ。蝶ネクタイをきゅっと締め、色の入った眼鏡をちゃきりとかけたなら、そこにいるのはもうあやめではなく、
（僕も……いいえ）

「今ここにいる、『俺』もまた。面白おかしく、張り切って参りましょう！！」
　彼は、『ノイジー・パンジー』！　かつてそうありたいと願った、明るく陽気な、理想の自分。
　今度こそ。彼は、そう胸に誓います。
「ここが、ここだけが、俺の生きる場所……だからこそ」
　演じ切ることを。
「最高の世界を、作り上げて見せましょう！！」

『輝け！　ミッドナイト・フリーキー・コンテスト！　第一部』（１）

「輝け！！」
　ずばん！　と点灯するスポットライト。その強烈な光線が暗転したステージを切り裂いて、円形の舞台上へ立つ、ひとりの男を照らし出します。
「ミッドナイト・フリーキー・コンテストーーーッ！！　の、お時間でございます！」
　テロップ。『司会　ノイジー・パンジー』と表示されるのと同時に、ステージをぐるりと取り囲む観客席にもまたずばんと光が灯り、そこへおびただしく集まっているのは、黒猫たち。無数のレンズ・キャッツは、壇上で繰り広げられる艶やかな演目の全てを余すことなく撮影し電波に乗せて送り出す、テレビの前の視聴者たちの代理です。
　どこからから巨大な拍手が鳴り響き、パンジーは満面の笑みを浮かべ、それに応えるようにひとつ両手を掲げてから、
「さあ！　この素敵な夜に、極上のエンターテインメントをお送りする、ミッドナイト・フリーキー・コンテスト！　これより素晴らしいパフォーマーの皆さんが次々にこのステージへと登場して、皆様をこれでもかと楽しませてくれることでしょう。なにとぞ、お見逃しなきよう……そんな皆さんの舞台を評価してくださる審査員のお三方も、今から気合十分！　張り切っております！　中沢 リッカルドさん、桜栄 あずささん、五十嵐 尚輝さん、今日はよろしくお願いいたします！」
「へーい」
「うーい、ヒック」
「おふたりとも、適当すぎますよ。出演者の皆さんにはもちろん、それを見ている視聴者の方々にも失礼になりますし、もう少し愛想を良くして挨拶などしてみてはいかがでしょうか。僕ですか？　僕はどうもそういうのは苦手ですから、なおさらおふたりにはしっかりとしていただかなくては……」
　いつもの陽気とは打って変わって、だらしなく机に頬杖を突くリッカルド市長。夜も深まるにつれて、加速度的に酒量が増している桜栄理事長。いつものぼさぼさ頭は変わらずとも、うっとおしく饒舌な尚輝先生。
　審査員席の反応に触れるのはそこそこに、再び映像はパンジーのにこやかな笑顔へ。
「さあさあ！　それではさっそく、お呼びいたしましょう。まずは第一部のステージへご出演していただく、こちらの皆さんの登場ですッ！！」
　ぱん、ぱぱん！　とクラッカーの音が鳴り響き、拍手はますます盛大に大きくなっていく中、ステージの端に据えられたゲートをくぐって、彼らが姿を現します。



「期待の成長株、今日はちょっぴりオトナかも？　くるくる元気に愛らしく、トワ・E・ライトフェロゥさん！！」
「プロデューサーっ、トワもアイドルなったヨー！」

「魅惑のグラマラスボディで、視聴者を完全悩殺！　天然マイペースな巫部 紫苑さんは、なんとネグリジェ一枚でのご登場！！」
「みっどないと、ふりーきー？　なんですかそれ？　ああ、それにしてもお腹が空きました……」

「実家は某大会社の御曹司、裏の姿はエレガントな執事！　美味しい紅茶で皆さまをおもてなし、烏頭嫺 霓さん！！」
「なんでこんなところに……何かのバツゲーム、なのかなぁこれ？」

「『Cat Island』から飛び出した、バーチャル・アイドル・デュオ！　現実でも大いにその歌声を響かせてくれます、『ルナナ』のおふたりです！！」
「こんばんは、ルナでーす！」
「『ルナナ』のナナでーす！」
「「今日はいっぱい、楽しんでってね♪」」

「華麗なマジックで、観客を魅了！　鳥たちとの優雅な共演をご覧あれ、御巫 時子さん！！」
「尚輝先生……私のステージ、見ていてくださいね……？」

「謎多きアイドル四人組！　でも可愛ければ何でも良いよね、こちらの皆さんです！！　……おや？」
「おいっ、なんで女装なんだよー！？」
「ちょ、待って、これ何？　このモコモコの、ドロワーズっての？　履くの？　俺が！？」
「こ、こんなの絶対着ねーからな……！！」
「いいから早く着替えろって……あっまずい、もう始まってる！　あ、後で！　後で出ますからー！」



「まだ衣装の準備中のようですね、後ほどの本番を楽しみにいたしましょう……さて！」
　出演者たちの紹介にひと言ずつ添えると、パンジーは高らかに宣言します。
　豪華絢爛たるステージ、その始まりの時を！
「素晴らしき舞台、至福のひと時を、ぜひとも最後まで。ごゆっくり、ご堪能くださいませ……ミッドナイト・フリーキー・コンテスト第一部、いよいよ開幕でございます！！」



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