街の西、旧――いまや旧と言っていいだろう――空き家通り。
　古びてはいるが、しっかりした石造りの二階建ての家の軒先に、真新しい看板がかけられた。

　『武器屋付よろず屋・ねこよろず』

　梯子に上って作業をしていた恵御納 夏朝は、看板を幾度か揺すって強度を確認し、梯子を抑えながら見守っていた椿 美咲紀と遠野 まほろに向かって、
「うん……大丈夫そう」
　とＯＫサインを送る。
「これが、八神君、夏朝ちゃん、椿さんと一緒にこれからやっていく『ねこよろず』……」
　猫のシルエットの魔法使い風ローブをまとったまほろは、感慨深げにみんなで作った看板を見上げる。そこには、夏朝がデザインした、マスコットキャラクターの『きらきら星を抱いたにゃんこ』が気持ちよさそうに揺れていた。長い茶色猫マフラーを巻き、盗賊風の軽装をした夏朝の頬には、看板を作った時についたのであろう白色が一筋、勲章みたいに光っている。
「夏朝ちゃんが考えたお店の名前も、マスコットも、とってもキュートなのです！　愛らしさあるし覚えやすいですし！」
　制服の上に白いローブを羽織った美咲紀も、梯子を下りる夏朝の手を取りながら嬉しそうだ。
　
　ねこよろず。
　八神 修と夏朝、美咲紀、まほろの四人が、この世界で開くお店。
　少々借金して――そのあたりの手配や交渉はすべて修が引き受けていて、今も市場調査のために外に出ている――手に入れた二階建ての家は、中世風でとても素敵だった。
「まずは掃除だね」
　店舗予定の１階を優先で、２階は１階の準備が整ってから手をいれるつもり。１階の奥には居間もあり、休憩ができる。２階はみんなの私室にしようと話していて、こちらもどう使おうか、夢が膨らむ。
「ずっと使ってなかっただけあって、あちこち埃がすごいですねー。つむじ風を使って外に吹き飛ばしましょう。その後綺麗に水拭きするのです。美化委員の血が騒ぎます！」
　美咲紀はそう言って、白い翼に深緑色の蔓植物が巻き付いたようなデザインの片手杖を躍らせた。緑光が白翼部分に一瞬走査線のように煌めいて、ぴゅうっと小さなつむじ風が巻き起る。つむじ風はそのまま開け放った扉に向かい、床や天井に積もっていた埃を、家の外へと吹き飛ばした。
　それからみんなで掃除することになったのだが、夏朝が物々交換で手に入れてきた踏台や掃除道具を見て、美咲紀はぱちぱち瞬きした。
　不思議な形の棒のようなものが混ざっていたからだ。
「これ、何でしょうね？」
「わかんない……掃除道具って言ったらくれたんだけど」
　溝がたくさん刻まれているが、触ってみても振ってみても、何も起こらない。
「この世界、いろいろな人がいるみたいだから……ほかの種族の人のための掃除道具なのかな……？」
　夏朝も首をかしげる。けっきょく美咲紀は諦めて、棒を壁に立てかけた。
「ハイテクなのか魔法なのかわかりませんが、使えなかったら意味ないですよねー。そうだ、お店でモップとホウキ、はたきなどの古き良き掃除道具を商うのもよさげじゃないです？　動力要らないしけっこう便利だし」
「かもね」

　掃除を済ませると、今度は開店準備だ。
　夏朝のろっこん＜重く軽く＞は大活躍で、重い家具もシールを貼ればなんのその、少女３人で軽々と運べる。
　壁際に商品をディスプレイするための棚を置き、それからカウンターを置く。
　窓から見える店内の様子や、お客さんの導線も意識しての配置だ。
　夏朝は、お店の雰囲気づくりのために、一部に小さく猫の絵を描いた。
　可愛い猫。ちょっと夏朝のパペット猫ハルくんに似た目をしている。夏朝の遊び心にまほろはニコリ。
「いいね。このお店のイメージは異世界コンビニ！　２４時間の万屋さんて感じかな？　お店の売り物のチョイスは八神君が市場調査もしてくれるらしくて。八神君いつもすごいね」
「ほんとだよね。……じゃあ、売り物を並べようか。僕は、さっき使って余ったねこシールを商品にするよ。他にもねこグッズ置きたいな。しおりとか……遠野さんは？」
「ええとね。自分たちで作った猫さんのグッズも売りたいよね……。私は猫さんのマスコット人形持ってきたよ。カバンに付けて持ち歩けるくらいの大きさで。お守りっていうか西洋だとチャームっていうのかな？　そんな感じで」
　まほろは持ち込んだ段ボール箱をいそいそと開ける。手作りのマスコット人形たちは、つぶらな瞳でまほろを見上げている。まほろはそれをひとつひとつ取り出し、籠に入れたり、フックに掛けたり。それから、思いついてこう言った。
「……希望があったら大きいぬいぐるみも作るってもいいかも。コンビニにはオーダーメードは合わないかもだけどそこは異世界ってことで臨機応変に、と思ったんだけど……どうかな？」
「いいね」
　夏朝が頷くと、美咲紀もはーい、と手を挙げる。
「お花などの気持ちをほっとさせる品物も売りたいですね。お花の鉢植えなど用意しましょ。きっと店頭が華やぐと思うんですよー。お世話はまかせてください！」
「うんうん」
「それとですねー。クッキー系な携帯保存食も売りたいですね。リアル寝子島から仕入れてとか」
　食糧は大事よ？　と美咲紀はお茶目にウィンクする。

　と、そこに、外回りに行っていた修が帰ってきた。
「「「お疲れさまー！」」」
　少女たちの声の合唱が修を迎える。
「ただいま。近隣のみなさんに挨拶してきたよ。営業するのに商業組合の許可がいるのかと思ったが、どうやらこの地区はずっと空き家ばかりだったから組合はないみたいだ。ま、一応、情報収集して、他の地区にはそういうところがあるらしいと聞いたんで立ち寄ってきた。『卸し』の話をしたら興味深そうにしたんで、カタログを置いてきたよ」
「カタログ？」
「そう。作ったんだ」
　歩きながら話し、一階の奥にある居間に皆を導く。
　まほろがお茶を入れ、美咲紀が皿にクッキーを並べた。それから皆は修の話を聞くためソファに座った。
　修は、こんなのだよ、とカバンから取り出した小冊子をテーブルに置く。
　美咲紀はそのカタログを手に取った。
　捲ってみてびっくり。修のプロ顔負けな仕事ぶりに目を丸くする。
「うわー……本格的ですねー」
「大した手間じゃないさ」
　そこには香辛料や缶詰・カップ麺・棒状栄養食などの携帯食、ペンや付箋などの文房具、ライターや嗜好品などが、写真付きで並んでいた。
「卸すなら、此処にはなく寝子島にはある比較的安価な消耗品が良いと思ってな」
「ほへー」
「大口顧客を確保できればと思ってサジタリオ城にも行ってきた。まだ攻略戦のあとの混乱が大きくて商売の話はできなかったが、持って行った携帯食は完売だ。お城はこれからどんどん人が戻ってくるだろうし、販売数も多いから狙い目だ。今後プレゼン次第では定期購入契約もとれるかも……『小売店』と『卸し』の両輪で経営安定化を図るぞ」
　修のビジネス魂に火がついている。
「鍛冶屋のオヤジとも話をつけた。ちょうどサキリが、倒した黒龍から取った素材で加工を頼んで成功したところだったらしい。あれは硬いし軽い画期的材料だよな。俺も竜鱗で硬化処理した鎧を発注してきた。店に置けばきっと目を引くと思う。一般的な武器や防具の取引もしてくれるというし、受注生産もＯＫだそうだ」
　なんて仕事ぶりだろう。あっけに取られていた少女たちだったが、修がにこっとすると金縛りが解けたみたいになって、いっせいに拍手が湧き起こった。中でも美咲紀は目を瞠って感嘆する。
「具体的過ぎてすごーい！」
「差し当たって、だ。これを酒場に貼ってきた」
　修は今度はチラシを一枚、テーブルに置いた。


――武器屋付よろず屋・ねこよろず、店員募集――

「島に帰る間も店は開けなければ信用に関わるだろう？　だから、この世界の人を雇おうと思ってさ」