寝子島少年科学団の、バック・トゥ・ザ・クリスマス｜リアクション

寝子島少年科学団の、バック・トゥ・ザ・クリスマス

【ああ、職業病】

　深倉理紗子の願いは切実でありながら、これが実に、ささやかなものなのです。
　お医者さんである彼女、本日の業務もまた多忙を極め、ようやく帰宅することができたのは、日が変わってからのこと。自宅へ帰りつけばさすがにほっとひと息つくものの、翌日の出勤は朝の６時……眠れるのはせいぜい３～４時間といったところでしょうか。
　といってそんな日々は、彼女の勤める寝子島総合病院での業務においては実に、日常茶飯事でして。おかげで去年などはもう、過労でぶっ倒れてしまうまでに至り、一ヶ月も療養するハメになってしまいました。かと思うと、ようやく復帰した頃には流れるように師走のすさまじい繁忙期へと突入、再びの激務、激務の連続！
　年が明けてからもそんな『平常運転』は続き……お布団にぼふんと突っ伏しながら、それはもう、つぶやいてしまうわけなのです。
「はあ……たまには一日くらい、病人もケガ人もいない、文字通りに平和な日が来ないものかしら……」
　そのままするり、彼女は意識を手放しました。
　すやすや、死んだように眠る理紗子さん。ああ、神さま仏さま……まぁ誰でも構いませんけれど、彼女が再び身体を壊してしまうその前に、ちょびっとくらい、お休みさせてあげても良いんじゃないでしょうか……？

　という、その翌日のことでした。唐突に彼女へと、救いの手？　が差し伸べられたのは。
　短い睡眠時間を経て起床した理紗子は、寝ぼけまなこのまま流れるように身支度を整え、まるで自動化された機械のごとくに、病院へと出勤します。いつものように外来診察の準備を整え、いつものように同僚たちとミーティングを行い、いつのもように、さあ、今日もお仕事開始！
　と、思いきや。
「…………？」
　いつもならどやどやと、院内が騒がしくなる頃合いになっても、周囲にはやけに静けさが満ち満ちていることに、理紗子は気が付きました。
「……あれ……？　誰も来ない？」
　普段なら考えられないほどに暇を持て余してしまい、理紗子は思わず、診察室の外を覗きます。
　がらーん。がらがら！　何とも奇妙なことに、廊下にも待合室にも、患者の姿は全く見当たらず。この時間にはいつも見かけるお年寄りたちの姿だって、そこには影も形も無いのです。
　あんまりにも静かすぎるもので、理紗子はくりんと首をひねりつつも、入院病棟のほうを覗いてみることにしました。
「うそ……どうなってるのよ？」
　がらーん。がらがらーん！　ベッドはカラッポ、昨日までは患者たちがぎゅうぎゅうに詰め込まれていたはずの病棟にすら、人っ子一人見当たらず！
　慌てた彼女、近くで暇そうにしていた看護師を捕まえて、どういうこと？　と尋ねます。
「あ、深倉先生。何だか急に、みんな体調がよくなって、退院しちゃったらしいですよ？　内科だけじゃなくて、他の科の患者さんもみーんな、全員」
「ええーっ！？」

　降って湧いたような、何とも奇妙なこの一日。患者のいない寝子島総合病院に訪れた、奇跡のような平和な一日……それは紛れも無く、ささやかながら切実とした、理紗子の願いが叶えられた瞬間でありました。ああ神さま仏さま！　ありがとうございます！　これで理紗子さんの心も多少ながらに休まって、再びまた日々の激務を耐え凌ぐ、活力を充填することができるでしょう。良かった良かった……。
「確かに、平和な日が来ればいいな、とは思ってたけど……いつ急患が来るかって思ったら、落ち着かない！　返って不安になってきたわ……」
　何ともこれが、生粋の医師たる彼女には……と言うより、余裕の無い日々にすっかり、慣れ切ってしまったがためでしょうか。せっかくの平穏にも、手放しで安らいでしまうことができない、どこまでも生真面目な理紗子さんでありました……！

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