冬の日。新たな始まり｜リアクション

冬の日。新たな始まり

【大掃除・寝子島高校】

　ＨＲが終わり、大掃除の時間となった。
　特別教室棟は学校が指定したクラス混合のグループが、各教室の掃除を担当する。鴻上彰尋は七夜あおいと一緒のグループになり、化学室の担当となった。彰尋もあおいもグループに見知った顔がいるのにほっとし、お互い微笑み合う。
　しかし……、そこは何一つ片付けられていなかった。
　そう、隣接の研究室でよく寝泊まりする化学教師五十嵐尚輝が年末用務員の長南武治に追い出されたおかげで、化学室は一切合切放置されていたのである。

　彰尋達は尚輝の実験の後片付けからしなくてはならなかった。
　無頓着の尚輝は割れたビーカーも無造作に流しの隅に寄せてある。彰尋は率先して割れたガラス片を片付けた。
「あ、彰尋くんありがとう！　大丈夫？　手切ってない？」
　あおいが気付いて声をかけてくる。彰尋は笑いながら大丈夫だよと答え、手早くガラス片を新聞紙にくるんだ。
「ね、彰尋くん、これ捨てちゃっていいよね？」
　空いた流しの前に立ち、あおいは色取り取りの試験管を彰尋に掲げてみせる。
「そうだな、途中の実験だったらどうせやり直しだろうし、劇薬はさすがに処分するだろうから、大丈夫だと思うよ」
「だよねー」
　軽く頷きながらあおいは試験管を傾けた。彰尋が息を呑む。あおいは持っている試験管を全て同時に傾けたのである。
「あおいさ―――！」
　突如もわもわと流しから煙が立つ。考えている暇はなかった。瞬間彰尋は飛び出し、驚き立ち尽くすあおいの腰をぐいっと抱え自分の背に隠すと、流しの蛇口を勢いよくひねる。大量の水とともに薬品が流れ、煙はすぐに消えた。
　ほおっと力が抜けた彰尋が流しに寄りかかった時、隣から声がした。
「あ……彰尋くん……ありが、と」
「え？」
　ハタと気付く。無我夢中だった彰尋はあおいを抱えたままだったのである。頭が真っ白になった彰尋はパッと両手を上げ、あおいを離す。あおいはちょっと照れ臭そうに笑いながらペロリと舌を出した。
「あーびっくりした！」
「さ、さすがに１度に薬品を流すのは、危なかった、かな」
　つっかえつっかえ彰尋が言う。そして２人は顔を合わせると、あははと笑い合った。

「それでね、年越し蕎麦は失敗しちゃったの」
　あれ以降特に事故もなく、掃除は順調に進んでいる。あおいは机を拭きながら年末の事を彰尋に話していた。
「せっかく彰尋くんに色々やり方送ってもらったのにね……」
　布巾を持ちしゅんとするあおいに、彰尋は慌てて慰める。
「や、誰にでも失敗はあるし……。そうだ、今度何か作るときには俺も一緒したいな。もちろんなにかの機会の時に、良かったら、なんだけど」
　母子家庭で兄弟も多い彰尋は、料理は苦手ではない。だからあおいの料理に関する数々の伝説が信じられなかったのだ。
（作り方なのか、味見がなのか、ともかく何が悪いのかよくわからない……！）
　わ、いいの？　と嬉しそうなあおいに頷きながらも彰尋は考えていた。
（実際見てみない事にはアドバイスのしようがない。……アドバイス、出来るよな？　俺）

　―――頑張れ彰尋！　敵はラスボス級に手強いぞ！