大きなイチョウの木の下で｜リアクション

大きなイチョウの木の下で

　孝明はすっかり彼の存在を忘れきっていて、声をかけられてびっくりした顔を向ける。そんな孝明に、楓は前方の戦いを見ながら言った。
「まあ、大体事情は分かった。俺子ども苦手だけどよ、どうやらおまえは少しばかり見込みがありそうだ。
　したいことがあるんなら、手を貸してやらないこともないぜ？」
「えっ？」
「あんなやつに襲われて、なお逃げずに来た勇気はその辺の大人より立派だぜ。
　さあリトルブレイバー、おまえは一体何をしにここまで来た？　今でもまだそれをやる勇気がおまえにあるなら、道は作ってやる。報酬は……そうだな、おまえの答えでもいい。後払いになっちまうが。
　覚悟を決めろ。ブレイバー、これはおまえの物語だ」
　半ば挑発する物言いで、笑みを浮かべて見下ろしてくる楓に、孝明は決意を浮かべた表情でこくっとうなずいて見せた。
「その目。上等だ。じゃあ、あとはぶちかますだけだな」
　そしてにやりと不敵に笑うと歩き出した。

　そのころ、小径を走り通した修と刀は、蔵人が言っていた大イチョウの木の元にたどり着いていた。
「これが、そうか……」
　境内の方が気がかりだ。一刻も早く切れた息を整えようと苦心しながら、刀は木にそって周り、幹にそれらしい形代を探す。
　木は高かったが、打ったのは女性だ。手の届かない域にはないだろう。
　見つけたのは修だった。
「あれじゃないか？」
　修が指で指し示す先に、ぼうっと白く浮かび上がった人形（ヒトガタ）の紙があった。まるで今刺したばかりのように汚れひとつなく、風雨にさらされてきた物には見えなかったが、これで間違いないだろう。
「きっと、呪いが発動した時のままなんだ」
　という修の言葉には説得力があった。
「あれを壊せばいいんだな」
　言うが早いか、刀は木刀で人形を破壊しようとする。その力に錆びた釘はあっけなく砕け散ったが、人形は不思議な力で護られているかのように幹からはがれずに、元の場所、元の姿でそこにあった。
「くそっ、だめか」
「……不可思議な力には、不可思議な力」
　ぽつっとつぶやいた修の目が、じっと人形を凝視する。
　一刹那ののち、修のろっこん・分解が発動し、対象をばらばらにした。

　ほぼ同時刻、境内の方では、紫からの攻撃に業を煮やしたか、反撃に移った怨霊が道江の姿で実体化したところで後ろから楓に羽交い絞めされていた。
「そうするのを待ってたぜ。
　さあぶちかましてやれリトルブレイバー」
　孝明は道江の姿をした怨霊を正面に、足を踏ん張り、両手を握りしめて、腹の底に溜めた力を放出するように叫んだ。
「ぼくは……、ぼくは絶対、こんなことするおまえなんかに殺されてなんかやらない！！　ぼくは生きる！　あなたがこれから何をしようとしてきても、絶対に！！」
　言い終えると同時に、拘束された怨霊の額を紫の矢が貫いた。
　みごとに開いた額の穴を見つめる紫の目に勝利の喜びはなく、心に重く、苦いものを抱えているかのように苦悩に満ちている。

　そうして次の瞬間、彼らの視界は、穴から輻射された白い光に埋め尽くされた。

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