【お正月】寝子島書初め大会｜リアクション

【お正月】寝子島書初め大会

●買い物ついでに

　深倉理紗子は、買い物ついでに駅前を歩いていました。
　すると、何やら人だかりが。
　なにかな……と思って近づくと、『寝子島書初め大会』の看板が見えました。
　覗き込むと、赤い髪の振袖の女の子が巨大な筆を使って書き初めをしています。
（外国の子かしら。上手いものね……）　
　感心しながら展示された作品を眺めていると。
「よかったら何か一筆書きませんか？」
　ジャンパーを着た女性が声をかけてきました。
「えっ？」
　スタッフでしょうか、揃いのジャンパーを着た男性も言います。
「お急ぎでなかったら、ぜひ。新年の抱負を書けるのはお正月だけですよ」
「紙も墨もたくさん用意しちゃって、余ったら勿体ないんでぜひ。大きいのじゃなくても、普通の書初めでもいいですから」
　女性は笑顔で畳みかけてきます。
「そ、そうですね……」
　気が弱く優しい理紗子は、頼みごとを断るのが苦手でした。
「そ、それじゃ普通サイズので……」
　元々字は綺麗な理紗子にとって、書くこと自体は苦ではありません。時間も適当に潰すつもりで急いでもいませんでした。
　そんなわけで、結局書初めをすることになってしまいました。
（書初めなんて何年ぶりかしら。どんなことを書けばいいのかしらね……）
　そんなことを思いながら、筆に墨をなじませます。
　
　医師である理紗子は、去年の秋過労で倒れて１か月の病気療養を余儀なくされました。
　12月に職場復帰して、２８歳の誕生日に休暇は取ったものの。
　お墓参りや親友との会話の余韻に浸る間もなく、正月が明けたら仕事始め。
　もう本格的に通常勤務へ戻ることになります。
（なるべく無理をしないように……とは思うけれど）
　たぶん無理してしまうのであろう自分の性格を、理紗子はよく知っていました。
（去年一年の歩み……というより、これまでの歩みをこうやって振り返る機会なんて、仕事に追われていてなかったような気がするわ）
　ふと気が付いたら、自然と頭に浮かんだ言葉を筆が綴っていました。

　和気致祥

（気持ちが穏やかでいると自然と幸せになる、ということね）
　医師になってから、何だか気ばかり焦っているような気がする自分にとって、これは大切な言葉だと理紗子は感じました。