闇に沈みし混沌の糧｜リアクション

闇に沈みし混沌の糧

「水を飲むかい？」
　涙目になっている圭花に訊ねたのはジェレミアだった。
　圭花が答えるより早くテーブルの上にあった水差しを取り、圭花のコップに水を注ぐ。
　水を飲んで口の中を洗い、圭花が少しほっとした表情を見せると、ジェレミアは改めて己の前の料理を見つめた。
　諦めてそっと箸でつまめば、微かなへこみを見せるしんなりとした海苔。
　細巻きだから食べやすいような気もするが、そのぶん表面積、つまり海苔の量も多い。
　思い切って納豆の細巻きを口に入れるジェレミア。
　口の中でほろほろと崩れる酢飯の食感と、微かな甘みと塩気を伴いしっとりと拡がる納豆と。
　そして海苔。
　味のない海苔。
　それでいてどうしてか噛みきれず、まるでビニールのように口の中で存在を主張する海苔。
　気分はまるで、間違って料理に混ざってしまったラップの切れ端を噛んでいるようなものだ。
　それでなくても好きになれない海苔の、激しすぎる自己主張をジェレミアはこう評した。
「独特の味わいがあるよね」
　独特、そんな綺麗な言葉で片付けられないことは、ジェレミアの浮かない表情が克明に物語っていた。

　各々それぞれ酷い料理に苦しめられている中、修は見た目のインパクトという意味では文句なしのラスボスに一人黙々と挑んでいた。
　いや、修が挑んでいたのは料理だけではない。文化の違いという分厚い壁に挑んでいたのである。
　不幸中の幸いで、味だけは普通だった。
　例えて言うならばエビの唐揚げとか、おかかの佃煮とか、粗挽きソーセージとか。
　ただ、口に運ぼうとすれば嫌でも目に入る見ためのアレソレだとか、口に含んだり咀嚼したりした時に感じる構造上のソレコレだとか。
　それはまるでヒマラヤ山脈、鉄のカーテン、ベルリンの壁。
　むしだけに無心に挑む修の脳裏に、幼き日の思い出がよみがえる。
　小学生の時、家の用事で訪れたラオスでの出来事。
　歓迎の宴で出されたものが、これと全く同じ料理だったのだ。
　現地の人が丹精込めて用意してくれた料理を無碍にはできないし、修は子供ながらも家の看板でもある。
　無様な真似は許されないと、あの時も必死で料理を口に押し込んだのだ。
　必死に我慢して我慢して……ホテルに戻るまで耐え続けた。
「俺は虫が嫌いだった」
　どうにかこうにか全てを食べ終え、水を飲んで一息つきながら修は当時を振り返る。
　今でこそ、というかつい半年前にようやく克服することができた虫。
　けれども虫そのものが苦手だった小学生時代の修にとって、あの料理は存在自体が苦痛だったのだ。
「どうせなら良い思い出のメニューにしてくれ」
　ポツリと呟いた修の言葉に、その場にいた全員が深く深く頷いたのであった。

このページにイラストを設定する

あとがき

担当マスター：白羽瀬理宇
ファンレターはマスターページから！

このたびは、白羽瀬のはじめましてのシナリオにご参加いただきありがとうございました。
美味しくない料理と、よみがえる記憶。
とても楽しく書かせていただきました。

少しでもクスリと笑っていただけましたら、
また白羽瀬のシナリオへのご参加いただけますと幸いです。
また、ぜひお友達様にも
「あいつのリアクション面白いから一緒に参加しよう！」
とお誘いいただけますと、最上の喜びです。

ご参加、本当にありがとうございました！

↑ページトップに戻る