闇に沈みし混沌の糧｜リアクション

闇に沈みし混沌の糧

　涙をこぼす碧南から気まずそうに目を逸らしたのは刀だった。
　碧南の表情は何故か刀の記憶を強く揺さぶり、刀に一人の女の子の存在を思い出させたからである。
　今にも泣き出しそうな、怒ったような顔をしたその女の子は、刀の祖父の剣術道場に頻繁に訪れる女の子だった。
　祖父に剣術を習うため祖父の家に住んでいた刀。
　その女の子はよく祖父の道場に遊びに来ては、祖父から短刀での剣術のようなものを教わっていたのだった。
　すでに閉められ、刀と女の子の他には通ってくる門下生もない道場。
　必然の結果として刀はその女の子の技の実験台にされた。
「名前は……何だっけ？」
　いつの間にか引っ越して、道場に来なくなった女の子。
　その女の子の、刀が最後に見た顔が、涙をこぼす碧南にそっくりだったのだ。
「そうだ、あの後から来なくなって……」
　『あの後』とは、刀の前にある肉じゃがとそっくりな肉じゃがを、無理やり食べさせられた時のことだ。
　焦げているくせに生煮えでガリガリとした食感のじゃがいも。
　だしをとっていないためか、調味料のキツイ味ばかりが主張して全く風味のない煮汁。
　唯一幸いだったのは肉にきちんと火が通っていたため、お腹を壊さずに済んだことだったが、その肉は何がどうなったのか、まるでゴムのように硬かった。
　調理の基礎とか手順とか、そういったものが全て間違った結果生み出された地獄の肉じゃが。
　しかし彼女は刀に残すという選択肢を与えなかった。
　そして、何とか、本当に何とか完食した刀が見たものは、女の子の満足そうな顔だったのだ。
　その瞬間、刀の中で何かが弾けた。
「こんなもの食えるか！　死ぬわ！」
　噴出した感情はとどめようもなく、刀は思いつく限りの文句を女の子に向かって叩きつけた。
　結果、女の子は飛び出すように帰っていき、それが刀が女の子を見た最後になったのだ。
　今思い出すだけでも辛い思い出。
「あの時の俺は間違えてた」
　たとえ肉じゃががこの世の闇を全て閉じ込めた暗黒物質だったとしても、何か別の方法を取ることはできたはずなのだ。
　それなのに自分は彼女を酷く傷つけた上に、その事実すら忘れていたのだ。
「これで涙を拭いてくれ」
　碧南に未使用のおしぼりを差し出す刀。
　よみがえる記憶と半生のインゲンの苦味を、刀は一人噛み締めた。

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