【お正月】寝子島神社に願いを込めて｜リアクション

【お正月】寝子島神社に願いを込めて

　宮祀青果店は今日は定休日。年の始まりは寝子島神社と決めていた宮祀青果店の看板娘、宮祀智瑜は着物ではない外出用の服に身を包む。
　ファーのついたピンクのコートにチェックのスカートは女の子らしく、太ももから猫が覗くタイツはその中でもお気に入りのコーディネートだ。
　家族揃って出発したものの――「あれ……？」
　毎年訪れて把握していた『人混み』ではあるが、、盛り上がる出店の行列に巻き込まれた様で祖父たちとは逸れてしまった。
「お祖父ちゃん？」
　どこ、と探しながらも視線はつい露天へとあちらこちら。
　急に腹の虫も疼きだすのだから乙女としては大ピンチだ。財布の中から硬貨を数枚取り出して、祖父達へのお土産と団子を販売する露天へと立ちよった。
「みたらし団子３つ下さい」

　

「宮祀か？」
「義弘先生。明けましておめでとうございます！」
　小さな智瑜の背に掛けられた声は聞き馴染んだ低い声だ。数式を愛する堅物教師、桐島義弘はよく知る生徒を見かけ、つい声をかけたと言った風に｢明けましておめでとう」と淡々と返した。
　祖父と逸れた上に人混みで前が見えないと困った様に頭を下げた智瑜へと義弘は「参拝するまで送ろうか」と申し出た。
　責任感が強い教師にとって、迷子の様に見えた生徒を見捨てる等、言語道断だ。
　花咲く様な笑顔を見せて「是非、一緒にいきましょう！」と微笑んだ智瑜は桃色のバッグを落とさぬ様にとぎゅ、と握りしめた。

　財布の中に入れた35円――『みんなに御縁がありますように』という願いを込めて。
　義弘のエスコートで難なく賽銭箱へと辿りついた智瑜は「助かりました」と笑みを零す。
「小さい人じゃ、前が見えなくて困ってたんです」
「まあ、背は高いからな。お役に立てて何よりだ」
　淡々と返す義弘に一緒にお参りもと誘いをかけて、投げ入れた賽銭が乾いた音とともに落ちてゆく。

　おじいちゃん達が健康で有ります様に――それから、恋愛が……。

　ひっそりと、付け加えた智瑜の想い。神様に届けと願う様に両の手へと力を込めた彼女へと「何をお祈りしたんだ？」と義弘は問うた。
「先生こそ、何をお願いしたんですか？」
「――……」
「じゃあ、私もナイショです！」
　答えられないんですか、と笑みを零す生徒にたじたじの様子の数学教師は頬を掻き「御籤だ」と話題を逸らす様に智瑜を手招いた。
　引いた御神籤の結果は中吉。新年早々の出会いも幸いしたのだろうか、気分としては大吉そのものだ。
　傍らで余りに運の良くない結果を引いた義弘がいそいそと木に結んでいるのが可笑しい。
　少し零した笑みに咳払いが返ってくる。それだけでも『中吉』を謳歌していた。
　昨年の礼に奉納した御守りに、昨年と同じ『商売繁盛』の御守りを手にとる。
　やはり看板娘。しっかりと家業に気を配る姿勢は最高級だ。恋愛の御守りは気になるけれどと携帯電話の待ち受けに設定した『先生の写真』で十分だとほっと息をつく。
「先生、それじゃ――」
「ああ、気を付けて。また新学期に」
　智瑜、と呼ぶ祖父達に返事をし、振り仰いだ彼女へと義弘は声をかける。
　ああ、これだけで今年も良いことありそう――なんて。