【お正月】寝子島神社に願いを込めて｜リアクション

【お正月】寝子島神社に願いを込めて

　それじゃあ、と町内の集まりへと出かけてゆく両親を見送って、綾辻綾花は久しぶりの実家生活を謳歌する。
　猫鳴館での心地よい生活も良いが、旧市街にある実家の空気も肌に合う。
　折角の正月なのだからと寝子島神社へと初詣に行く為に、押し入れの中から引き出した着物は艶やかな翡翠の色をしていた。黒目がちな綾花によく似合う花の衣裳に合わせ、ルージュを引けば着物美人の完成だ。
「綾花ちゃんも大人になったのねぇ」
「ちょっぴり大人っぽくなりましたか？」
　近所の美容室で、着付けとメイクを施した美容師が感慨深く呟いた。
　整ったかんばせに引かれた薄いルージュは大人の色香を感じさせた。

　

　がま口に仕舞いこんだ5円玉。毎年慣れ親しんだ道をからんと下駄を鳴らしゆっくりと辿ってゆく。
　活気ある参道を通り過ぎ、出店した屋台を見回して綾花の視界に止まったのはゆったりと参道を往く早川珪の姿。
「珪先生？」
　からん、ころん。下駄を鳴らし着物の乱れがないか、髪の乱れがないかとチェックをした綾花はのんびりと散策する珪の背中へと声をかける。
「おや。あけましておめでとう」
「あけましておめでとうございます。修業式――以来、ですよね。お久しぶりです」
　へこり、と丁寧に頭を下げた綾花へと一年の礼をしっかりと返した珪は常の通り赤と黒を基調とした少々派手目のファッションを身に纏う。少し年若く感じられるかんばせには柔和な笑みが浮かんでいた。
「よければ、ご一緒しませんか？」
　列を為す参拝への道。一人で並ぶには少々物足りない。
　折角だと声を掛ければ珪は「よろこんで」と大きく頷いた。胸ポケットから覗く万年筆が何時もと変わらない――そんな何気ない日常に会話をゆったりと交わしながら綾花はちらりと傍らの司書を伺った。
　恋心は度し難い。隣にいるというのに妙に会話が弾まない。胸が弾み頬が赤らんでくる。
　折角の着物姿。似合うかどうかを問い掛けたいと胸に浮かんだ欲を鎮めて五円玉を賽銭箱へと投げ入れた。

　ちゃりん、と音を立てて落ちてゆく硬貨の行方を眺めていれば、五十円玉を投げ入れた珪が鈴を鳴らそうと誘いの声をかけてくる。
　何処か、緊張交じりに大きく頷けば乾いた音は頭上から降ってきた。

　かららん――

（恋も勉強も頑張りますので、宜しくお願いします……神様……）
　しっかりと目を閉じて、手を合わせ深く深く祈ったのは傍らの彼との恋の行方。
　ちら、と横目で見遣れば手を合わせ何事かを祈る横顔が至近距離で視界に入る。とくん、と鼓動が鳴り綾花は息を飲んだ。

「おみくじって緊張しますね……」
　白い息を両の手に吹きかけながら綾花は小さく呟く。
　今年一年の運勢を神が告げるという御神籤の結果に緊張したようにぎこちない仕草で一本の棒を引き抜いた。
　番号を巫女へと告げて、差し出されたのは――大吉。
「あ！　大吉。珪先生は？」
「……末吉だね」
　持って帰ろうとがま口へと仕舞いこんだ綾花へと齎された微妙な結果。
　枝に結びましょうと励ましの言葉を一つ、彼へと言いながら冷えてきたから暖かい飲み物でもと付け加えた。
「冬休みは短いですけど、先生は何か予定ありますか？」
　ホットドリンクを手にして、白い息を吐く綾花へと珪は「ゆっくりしたいかな」と悩ましげに呟く。
　穏やかな時に笑みを零し、「私は炬燵でにゃんこたちとゴロゴロして過ごすつもりです」と短い冬休みのプランを大々的に発表する。着物の袖が冬風に揺られ、寒さに睫を震わせれば柔和な笑みを浮かべた司書は「宿題は？」と冗句めかして笑っていた。
「宿題はもう済ませました」
　してやったりの笑顔を見せた綾花に偉いと褒める様に差し出されたのは月詠の屋台で売られたアップルパイだった。