【お正月】寝子島神社に願いを込めて｜リアクション

【お正月】寝子島神社に願いを込めて

　年始の空気はピン――と張り詰めていた。涼やかな風にふるりと体を揺らし月守輝夜はコートを肩に引っ掛ける。
　自宅から程近い場所に在る寝子島神社。向かう道往きには初詣に向かう群衆が目についた。
　お正月といえば、初詣に限る。輝夜も毎年、寝子島神社に詣でると決めていたのだから、当然のことだろう。艶やかな着物をしっかりと着込んだ人並みを目にして彼女は男性の着物姿もいい物だなと茫と考える。
　脳裏に過ぎった青木慎之介の着物姿――妄想でありながらも、つい頬が赤くなるのは致し方がない。
「ち、違うから」
　誰に言うでもなく慌てて想像を掻き消した彼女はゆっくりと神社への道を辿った。

　「僕は1人でも大丈夫。また、後でね」
　ひらりと手を振って恵御納夏朝は家族に手を振る。
『フツウでないコト』を打ち明け、寝子島へ行きたいと親族揃って数時間かけて本土にある父の実家から寝子島へと到着したのは、つい先ほどの事だ。
（まさか、寝子島で初詣できるなんて思ってなかったな……）
　折角の父の実家――帰省先での初詣になると考えていた夏朝にとっては思い掛けない幸運だった。
　寝子島での初詣に心躍り、憑き物が晴れたかの様な表情で駅から神社に向けて歩き出した彼女は人の多さに少々くらりと眩暈を起こす。
　人混みは苦手だ。しかし、直ぐに立ち直った自分に耐性が付いたのだと少々の驚きを覚えた。
　ゆっくりと歩みながら向かう道なりは常と変化はないが、新しい年を迎えたからか少し華やいでいた。参道に沿って行く道には営業中の朗らかな店主の声や、喫茶店から参道を眺める人々が見える。
　少しずつ、歩む速度がゆっくりになるのは、この『フツウ』を満喫したいからだろう。
「ん？　あけましておめでとう。今年もいい年になるといわね」
「あ……あけましておめでとうだよ。今年もよろしくね」
　猫さん大好きコミュニティ――ねこみゅの友人である神薙焔が屋台に並びながら、ゆっくりと歩む夏朝へと声をかける。
　名の通りの焔の如く赤い髪を結わえ、異国の風貌を見事に和の装いで包んだ焔は「初詣？」と笑みを零す。
「あたし、初詣って始めてなのよね。むかし、親に連れられて神社に行った覚えはあるんだけど」
「正月に神社って、ちょっと雰囲気違うよねぇ……」
　洗礼を受けたクリスチャンである焔にとって、異国の『風習』はあまり慣れないことなのだろう。
　しかし、伝統には敬意を示すのだと浴衣を着こなしてみたり、行事や風習には参加する事を決めているのだそうだ。興味深そうに周囲を見回す焔に手をひらりと振って夏朝は本殿へと歩き出した。

　

　ちゃりん――乾いた音を立てて500円玉を賽銭箱に放った夏朝はゆっくりと手を合わせる。
　願うは一つ、心に常に止めた『穏守祈願』
（今年も1年、色々あると思うけど……フツウで平穏で素敵な寝子島を護れますように）
　己や己の大事な存在に害をなる相手がいるならば『敵』と認識して牙を剥く。
　猫が如き警戒心をしっかりと抱く夏朝にとって『平穏』が崩されるのは我慢ならないのだろう。
　寝子島に棲む猫達ものんびりと過ごせていたら――それがフツウなのだと祈りを込める。
（本当は他にも色々願いがあるけど……）
　年の初めに神様へと祈るのはそれだけだと決めていた。喉元から出かかった想いをぐ、と飲み込んで夏朝は御神籤や御守りを販売している社務所へと足を向けた。

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