【お正月】寝子島神社に願いを込めて｜リアクション

【お正月】寝子島神社に願いを込めて

　時刻は少し遡る――……。
　早朝の寝子島神社参拝道には様々な露店商がリヤカーを引き、準備を進めている。
　つい、露店をしたくなったと宣伝した旅鴉月詠は寮で用意した道具をリヤカーに纏め人目につかぬ場所で準備を進めた。
　資材はＯＫ。
　食材もＯＫ。
　あらかじめ寮で作った商品を保温容器に入れ、アトリエ完成と季節外れの汗を拭う。
　早速の調理開始だ。
　そろそろ人の数も多くなってくる頃だろうか。
　白く長い髪を纏め、芸術家は己の料理に芸術を見出して実行している。
　小さな身長をカヴァーするように足元には台を置き、宣伝と共に調理を開始した。

　一方で、着物は寒空の下では冷えると身を縮めた焔は甘酒を飲みながら屋台の群れを見詰めている。
　朝食前だと小腹も空いてくる。折角だからとじゃがバターを購入し、ふと、月詠の屋台に視線が止まった。
「焼き立てのアップルパイ……？」

　

　美味しいアップルパイと銘打たれた屋台だ。一際目を引くのも致し方ない。
　屋台で陳列された『たこ焼き』や『じゃがバタ』等とは違う変わり種――それ故に繁盛しているようにも見える。
「メインはアップルパイだよ。旬だからね。苺ジャムも入れるよ。新作祈願、ということで新作なんだよ」
　余熱したオーブン。この為だけに作成した段ボールオーブンに焔は凄いわね、と小さく頷く。

　丁寧にカットされた林檎。その香りだけでも妙に食欲をそそる。
　少し深めの鍋にバターを入れ中火で林檎を丁寧に炒め、蜂蜜を投入した。
　丁寧な仕事をする芸術家は水気が出た頃合いを見計らい檸檬汁を入れ、10分間煮詰める。
「丁寧にやるのも芸術だね。新作だよ」
　作業工程を見るに、実に唾を飲み込む程の食欲をそそるものである。
　強火で水分を飛ばし炒め、シナモンで味付けをし冷ます。仄かなシナモンの香りは甘い林檎に丁度良い。
　冷ました林檎と苺ジャムをパイシートに詰め、表面へと卵黄を塗りオーブンで両面共に焼く。
「はい、完成。ほどよい甘さの自信作」
　こうなれば購入する他にない。じゃがバターとアップルパイを両の手に持った焔は嬉しそうに表情を綻ばせ、参拝へと向かった。

「えーと……ここで、お賽銭を投げて――」
　手を叩いてナニかを願掛けする。願い事を考えるも何も浮かばないと頭を抱える焔の中にふとした疑問が宿った。
　神にお参りをする。神と言えば思い浮かぶのは騒動の中心となった少女と猫。
　この神社に祭られてるのはどんな神様かしら、と小さく呟いて「こんにちは」と挨拶をひとつ、『かみさま』へ向けて零した。

　ちりん、ちりん―――♪

　所戻って、屋台の月詠。相変わらずの繁盛している。
　事前に具を揃え、その都度に焼き続ける。焼き上がりになれば「焼き立てだよー。アップルパイだよー」とベルと共に宣伝をする。
　いっそのこと客達は『ベルが鳴ると並ぶ』といった具合に鳴り始めた。
　アップルパイのお供にミキサーで作るオレンジジュースは粒で濾して檸檬汁で味の調整を行ってある。
　商品はいい物を提供したいと芸術肌を存分に発揮しながらもマイペースに作業を進める月詠は、参拝道へ向かった焔を見送って「お参りかー」と呟いた。

　実の所、開店前に祈願は済んでいる。
『新作祈願』。新しく、そして先進的なインスピレーションが降りてこないかなーと呟いて「アップルパイ下さい」の声に「はーい」と返した。

「気紛れに作りたい物を作るのが私だ」

　