【お正月】寝子島神社に願いを込めて｜リアクション

【お正月】寝子島神社に願いを込めて

　夜色の瞳に眠たげな色を灯した塔尾松生は携帯電話をじ、と眺める。
　脳裏に浮かんだのは日向透のこと。
　何かと入用の新年では忙しいかもしれない――いや、金融会社も年末年始は休みだ。
　案外暇をしているのかもしれない、と。猫二匹と戯れているであろう青年の事を考え松生は枕に顔を埋める。
（今頃どうしてるかな……）
　悩ましげに携帯電話を見上げた松生の唇から漏れた『会いたい、なあ』の響きは実感が籠っていて。
　高校生の自分と比べれば、大人の彼は忙しいかもしれない。それでも、会いたいと考えてしまったのだから、止められるはずもなく。
「……ダメだったらダメだったで、誘ってみてもいいわよ、ね」
　アドレス帳のメールアドレスを見詰めるだけで何処か心がざわめく。
　断られたらどうしよう、と脳内を駆け巡る想いを飲みこんでひとつひとつ打ち込んだ。
　――女は度胸だって言うし、メール、送ってみよう。

　
　ざわつく思いを胸に、苦い思い出を飲みこんで羽生碧南は昨年の事を考える。
　炎上、そして、『ゆうまくん』の存在とワルツの音色。
　考えれば考える程、年を跨いだと言えど、決して能天気ではいられないのが碧南の心境だ。
　鎌倉の祖父宅で一家全員の年越しをし、鶴岡八幡宮での初詣の後、そのまま寝子島神社へはしごをするプランニングは家族での恒例行事になっている。
　無問題、といいながらも――やはり遠いと車窓を眺めた。

　

　初詣ならば晴れ着を着なくちゃとやる気を入れ、悲しいかな姿身と同じくらいの身長に溜め息が漏れる。高身長はスタイルが抜群だということ、バスケにおいてのエースたる『戦う女』モードを搭載している強みがあるが――こういう時に少し悲しみを抱く。
　１８０cmの高身長では晴れ着のレンタルにも値が張ってしまう。
　諦めきれないと決意を固め、レンタルしたのは紺の生地に桜牡丹を飾った大人っぽいデザインだ。
　モダンデザインの帯を合わせれば、長身の彼女によく似合う。
『▽かわいいよ』
　と、乙女ゲームならばこの時点で攻略対象が声をかけてくれるだろうか――

　踊る心を抑え、いざ祈願だと十分な気持ちを抱く。
　願うのは『去年の不運』がまた、繰り返さない事。
　――祖父とおじと父がこれ以上、揉め続けない様にと家内安全を願わずにはいられない。
　勿論、個人的な願いはバスケットボールの実力がもっと上がること。女子バスケットボール部の成長株たる彼女が更に上達し、エースになればと願うのは当たり前のことなのかもしれない。
　それから、と願いが続くのは『女の子』として当たり前だ。
　願おうとして顔を上げ、頬が微かに赤らんでくるのを咳払いで済ませる。
「今年も素敵な出会い――……素敵な乙女ゲーをもっともっと、楽しめます様に……。
　でもって素敵なキャラともっともっと出会えます様に……！」

『▽キミとずっと一緒に居れるように願うよ……』

　脳内で展開された乙女ゲームの初詣デート。
　祈るヒロインの表情をちらりと見遣る攻略対象。ふと、目線があったことに赤らめた頬。
　シチュやスチルが脳内再生され、幸福な想いが胸をよぎって行く。
　一年を通した学園物で、初詣のイベントは佳境に差しかかる。ずっと一緒に居ようと願い手を取り合った彼とヒロイン（名称変更可）は――
「ふふ、それで……」
　長身の晴れ着女子が幸福そうに体を揺らす。にへら、と唇に笑みを乗せ、妄想に耽る様はある意味奇特だ。
　露店で飲み食いするシチュエーションもくじ引きを共に楽しむのも全て楽しくて。
　体を揺らし、次の場所へ向かおうと悠々自適に歩き出した。