【お正月】寝子島神社に願いを込めて｜リアクション

【お正月】寝子島神社に願いを込めて

　大晦日に引き続いての寝子島神社。
　旧市街に住まう天満七星にとっては馴染みの深い場所だ。
　からり、と下駄を鳴らし、鮮やかな華を描いた紅の衣に身を包みご挨拶へと本殿へと足を向ける。
　結った髪には花束が如く、飾られた花が善き日を思わせる。
　七星にとって和装は普段から身に付けている物だが、艶やかな晴れ着は善き日にしかない。

　

　願いは昨年末に神へと告げて、明けたその日は簡単なご挨拶をと賽銭箱へと硬貨を投げ入れる。
　乾いた音とともに落ちてゆく硬貨を見送って鳴らした鈴の音に簡単な挨拶を告げて彼女の足はゆっくりと社務所へと向かった。
「御神籤、頂けるかしら？」
　何が出るか楽しみですわ、と棒を引き抜く七星に御神籤係は該当する番号の棚から紙を引き抜き彼女へと手渡す。
　ゆっくりと、紙を見遣れば『大凶』の文字がでかでかと踊っていた。
「逆にこれを引くのは運のいい事ですわ」
　大吉と大凶となれば、素直に喜べるのは前者だ。しかし、後者も中々に目にしない逸品だ。
　年始に引くという事は悪しき物をここで払ったという考え方もあるという。
「善き結果ですわね」
　唇に笑み乗せて、折り畳んだ彼女の厄落としとなったのだろう。
　配られる甘酒を手にし、露天へ向かおうかとふらりと歩く足元を見遣って七星は肩を竦める。

（大晦日の時と全く同じ行動をとっていますわね……)

　思わず浮かんだ苦い笑みは、食欲旺盛な自分の動きを鑑みてのものだ。
　柔らかな匂いと湯気で、欲をそそった甘酒を手にしながら、露天から掛けられる声が余りに甘美な誘惑の様で。
「私はそんなに食べ物に飢えていたかしら？」
　――なんて、唇から滑り落ちたのは戯言の様に雪に吸い込まれて行った。

　人間の三大欲求の内、食とは人間が行動する為の意欲(エネルギー)を他者から吸収する行動だ。
　一見すれば、必須とされ人間としての立派な行動の一部なのだろう。
　自己の命を繋ぎたいという利己的でありながらまっとうな考えは何かの命を奪うものだ。
　牛であれど、豚であれど、息をし営みを持っていたには違いない。
「……私はそこに、罪悪感は感じていないのですわ」
　食物連鎖という摂理。
　自然という大義名分。
　七星にとっては当たり前の行動を、当たり前に行う以外に何ものもなかった。
『命を奪う』という自然な行動を、心の侭に実行する人物を七星は何人か知っていた。
　すごい――とも思ってしまう、その行動。
　自然な行動は、淘汰される側にも幾つも理由があるのかもしれない。
　しかし、『そこ』に理由を求めるのは意味がないと、彼女は浅く息をつく。飲まれてしまいそうな雰囲気を払う様にゆっくりと歩き出す。
　人間の意識は本能の制御とはほど遠く、そして近い――自然の摂理さえも超越するナニカ。
（生きる事を、やめようとしているのではないか、と思ってしまうのは愚問なのでしょうか)
　巡る思考遊戯の果て、行きつかぬ想いはまだ続く。

　人間の本能抑制とは――その答えはまだ辿りつかぬ果ての果て。