【お正月】寝子島神社に願いを込めて｜リアクション

【お正月】寝子島神社に願いを込めて

　部屋の窓をかつん、と嘴で突いた夜鷹と雷鳥が「いってらっしゃい」の合図をする。
　身支度を整えた御巫時子はくるりと二羽に振り返り「いってきます」と会釈した。
　愛鳥達の愛くるしい見送りに、赤い鼻緒の下駄をからりと鳴らした時子は『ねこでん』に揺られながらゆっくりと――ゆっくりと旧市街へ向かう。
　たたん、と心地よい音が鼓膜を擽って、流れる車窓に「会えるでしょうか……」と小さく呟いた。
　浮かぶのは五十嵐尚輝のこと。旧市街のアパート住まいという彼が初詣に来ている保障は無いが、もしも、来ていれば――と思わずにはいられないのは想いの全て。
　駅のホームは初詣客で混み合って。着物の裾が乱れぬ様にと払った時子は改札から出た途端にはらりと降る雪の片に小さく瞬いた。
　はらりはらりと降る雪は冬の日は、陽が随分と昇ったというのに妙に寒さを感じさせた。
　赤い肩掛けの位置を直し、赤い番傘を開いた時子はゆっくりと歩を進める。
　念の為だと持ってきた傘が功を為したとほっと一息つけば、目の前には見慣れた丸い背中。

　ファーのついたくすんだ緑色のコートに、それよりも鮮やかなモスグリーンのマフラー。
　裾が甘えって見えるズボンは少々のずぼらさを感じさせた。
「先生？」
　雪を頭に被らせて、寒そうに肩を竦めた背中へと差し出した傘は丁度二人分のスペースがある。
　首を傾いで「明けましておめでとうございます」と微笑んだ時子へと尚輝は鼻を啜り「明けましておめでとうございます」と常通りの気怠げさで告げた。
「御巫さんも初詣ですか？　丁度、雪も振りだして冷えてきましたね」
「そうですね……。よければ、一緒にお参りしませんか？」
　傘のスペースを明け渡した時子へと了承を返した尚輝は「これ持ちますよ」と彼女の手からひょい、と傘を取り上げた。猫背ではあるが時子より身長のある尚輝の頭に傘を被せるのは彼女にとっても苦労することだろう。
　少しの気遣いに頬を赤らめて「ありがとうございます」と時子は小さく呟いた。

　

　星に願いを――初詣の時も会えたらいいですね、と。彼が口にした言葉が脳内を反芻する。
　のんびりと歩いて帰ると口にした彼を思いながら乗り込んだ車窓は何時もより煌びやかに見えたのだから。
　手を清め、本殿へとお参りに行く最中にも会話は弾む。
　順番がきたと段差を昇った尚輝が「御巫さん、足元には気を付けて」と差し出した掌に、時子は有難うございますと頬に昇る熱を抑える様に曖昧に笑みを零した。

　――去年は沢山の方と出会えました。楽しい一年を有難うございました。
　――今年も出会いの多い年になりますように。それと、恋愛も少しでも背を押して貰えれば……。

　少しの願いと共に顔を上げれば、珍しく背筋をピンと伸ばした尚輝がそこに居る。
　何を願ったのだろうと首を傾げれば、見られていた事に気付いた彼は何処か気恥ずかしそうに頭を掻いた。
「おみくじ、引きに行きましょうか」
「はい。何が出るでしょうか？」
　いいといいですね、と段差を下る時に差し出された掌と傘の影に時子は小さく笑みを零しその手を取った。