君が泣いた日｜リアクション

君が泣いた日

●日暮ねむるが泣いた日

「……ッ！」

　はっと目を開けば辺りはまだ暗く、夜中なのだと気付く。額の汗を、ぐいっと強引に拭いながら身体を起こせば、首筋から肩へ広がる鈍痛――――。

「いい加減、見飽きたってば」

　皮肉交じりに唇を歪め、最近……そう、あの一件から定期的に見るようになった悪夢に対して目を細めた。
　その夢はいつも同じだ。ねむるが誰かに対してろっこんを使っている夢で、目の前の……ぼやけてしまって誰かわからないその人は、必死に抵抗しているけれど最終的にはろっこんの力によって沈黙する。
　ねむるに背を向けるように倒れたその人の身体を起こすと、眠らせるために必死に押さえつけたその相手が大切な友人だと気付いて目が覚めるのだ。
　喉が渇いた、そう思いながら真っ暗な部屋の中、手探りでミネラルウォーターが入ったペットボトルを手にして一気に飲み干す。すっかり目が覚めてしまったことには諦めを付け、静寂の広がるその部屋で考えを巡らせる。
　自分のろっこんは、触れた相手を眠らせる……ただそれだけの能力だとねむるは考える。触れ続けている間、相手を徐々に眠くさせ、やがて眠らせてしまう、それだけの能力だと。
　超人的な身体能力を得るわけでもなく、傷を負った仲間を癒すでもない、使い方や使いどころを十分に考える必要がある能力だ。だからこそ、この力だけでは何も役に立てないのではないかと思っていた。
　それゆえに身体を必死に鍛え、拳の使い方を覚えたのだ。フツウを守る為なら手段なんて選んでいる場合ではなく、そしてなんでもする……つもりだった。
　その結果が如実に現れたのはあの一件の時のことだった。
　大切な人を傷付けられ、激昂し、目の前の相手を過度に痛めつけていたのだ。あの時の自分は……殺意すら覚えていたのではないかと思う。２年前の自分であれば、間違いなく取らない行動だろう。

「力はフツウを守る為に必要だ、それは間違いない」

　間違いはないけれど、と思う。
　そして脳裏に浮かぶのは、暴食令嬢が彼女に言った一言。今でもはっきりと、一言一句違わずに覚えているあの言葉。

『既にお友達の数名が怪人セブンになっているようですけど？』

　マイノリティがマジョリティになる……力の逆転、少数の意思が多数になることによって正当化されることは、時と場合によってはとても恐ろしいこと。
　そう、それは自分自身がまったく自覚しない形で、大事な人を傷付けることになるのかもしれないのだから。そしてねむるは、それがどうしようもなく怖いのだ。
　頬を生温かい雫が伝っていく。
　まだ泣くことができることに、そしてその温かさを手のひらで掬って安堵する。

「僕はまだ人間だ。怪人セブンにはならないさ」

　心を、精神を鍛えなくてはいけないのだと、ねむるは漠然と思っていた。
　そう、怪人セブンにならない為にも。
　大切な人を、泣かさない為にも。
　けれど、もしも自分が道を間違えてしまったら。選択肢を間違ってしまったら。

「その時は、君に……」

　そのあとに続く言葉は、夜のしじまへと落ちて――――。