君が泣いた日｜リアクション

君が泣いた日

●仙藤紫が泣いた日

　新年を迎え、冬休みに入ったある日のこと。
　既にＡＯ入試を終えて大学受験という重い枷から解き放たれていた紫のもとに、同じように別の大学のＡＯ入試に合格し冬休みを謳歌しているであろう友人から映画に行こうという誘いが入った。
　特に断る理由もなかったのだが、どうして自分を誘ったのかと聞いてみれば友人は悪びれもせず、

「試写会のペアチケットが当たったんだけど、一人で行くのは嫌だけど彼氏も居ないし無駄にするのもって思ってね？　そういえば紫も受験から解放されてたなって思いついて誘ったのよ」

　と、言ってのける。なるほど、消去法みたいなものね？　なんて、やや仕方なく笑って通話を切ると着ていく服を選ぶ為に立ち上がった。
　深みのある青のニットワンピに細身の黒デニム、コートは黒のチェスターコートに決めた。それにヒールがあるショートブーツを履けばクールさの中にも主張しすぎない可愛らしさが光る。
　鏡の前でコーデのチェックをすると、待ち合わせの時間に遅れないように少し早めにｍｉａｏへと向かった。
　シアター前で待っていると、すぐに友人も訪れてさっそく試写会のチケットを渡される。

「……恋愛映画？」
「そうよー、高校生の等身大の恋愛を描いた作品らしいわよ」

　気乗りがしない、と紫は一瞬表情を曇らせたけれど、誘ってくれた友人は大層楽しみにしている様子でポップコーンにドリンクを買って準備万端だ。
　ここまで来て恋愛映画は見たくないなんて言うほど紫も野暮ではない。仕方ないと自分もドリンクを買うとシアターの中に入るのだった。
　紫が恋愛映画に対して気が進まない理由はひとつだ。去年の夏休みの終わりに、１年続いた恋が終わった。そしてそれを、今でも引き摺っているのだ。
　指定された席に着くと、溜息を隠すようにドリンクを一口飲んで暗くなったシアターで映し出される映画を観るために前を向いた。
　スクリーンに映し出された映画は、いちいち紫の胸を刺すような内容だった。
　まるで自分たちの終わった恋をそのままなぞるようなストーリーで、ヒロインに至っては優等生で水泳部員……隣で友人がこっそりと、

「紫と同じね！」

　なんて能天気に囁いてくる。
　もうすっかり忘れて……いや、忘れようとしていた恋を思い出させるような展開に、思わずハンカチをぎゅっと掴んでしまう。早く終わればいいのに、そればかり考えて映画の内容について考えないようにしようとしても、ヒロインのセリフが自分をあの時の自分に引き戻すのだ。
　そしてラストシーン。それは二人の別れのシーンで、周囲からはすすり泣く様な声が聞こえている。確かに等身大の恋の話なのだろう、まるで見られていたかのように自分が体験した別れのシーンとそれは重なって映画は終わろうとしていた。

『あなたのことが、ほんとうに好きでした』

　エンドロールが流れ映画が終わる寸前の、ヒロインの独白ともとれるセリフが紫の胸に響く。

「ど、どうしたの紫」

　そう心配してくれる友人の顔も霞んで見えないほど、紫の頬からは止めどなく涙が伝ってハンカチを掴んだままの紫の手に落ちていく。自身の力ではどうすることもできない感情に、ハンカチで口元を押さえるけれど、嗚咽が漏れた。

「ごめんなさい……でも……今は泣かなきゃいけない気がするの……だから……泣かせて……」

　自分を心配してくれる友人になんとかそう告げると、何かを察してくれたのか彼女はその手を紫の背に添えてくれた。
　紫はこの恋に、終わってしまった自分の恋の為にやっと……やっと泣くことができたのだった。